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教員プロフィール・教育研究業績

顔写真

近藤 昌美 
コンドウ マサミ / KONDO Masami

職位:教授
担当専攻領域/科目群:絵画専攻領域、大学院


  • プロフィール
  • 経歴詳細
  • 教育活動
  • 職務上の実績
  • 研究活動

研究分野

絵画を中心とした視覚芸術全般
Painting


略歴

1960 Born in Saitama Prefecture, Japan
1982 Stay in New York
1985 Graduated from Tokyo University of Fine Arts
    and Music, oil painting Course
1987 Completed Masters Course Tokyo University
    of Fine Arts and Music
1998 Stay in Vermont Studio Center, U.S.A

■Solo Exhibitions
1984 Kaneko Art G1, Tokyo
1985 Kaneko Art G1, Tokyo
1986 Lunami Gallery, Tokyo
1987 Lunami Gallery, Tokyo
1988 Nabisu Gallery, Tokyo
1989 Akiyama Gallery, Tokyo
1990 Gallery Furukawa, Tokyo
1991 "Self and Environment" Lunami Gallery, Tokyo
    Gallery Furukawa, Tokyo
1993 Gallery gen, Saitama
1994 Akiyama Gallery, Tokyo
    Lunami Gallery, Tokyo
1995 Gallery Gubaku, Saitama
2000 Gallery in the Blue, Tochigi
2001 Gallery in the Blue, Tochigi
2002 Ai Gallery, Tokyo
2003 Gallery Verge, Kanagawa
2006 Art Space Niji, Kyoto

■Group Exhibitions
1983 "Tri-DanceThree men Show" Gallery of Tokyo
    University of Fine Arts and Music, Tokyo
1984 "Freak" Kanagawa Prefectual Gallery,
    Kanagawa
    "Fukushima Open Air Exhibition" Mizubayashi
    Natural Park, Fukushima
    "Haruka-naru" Exhibition for Walk Travel
    between Kyoto and
    Tokyo, Gallery of TokyoUniversity of Fine
    Arts and Music, Tokyo
    "Fujiyama-Geisya" TokyoUniversityof Fine
    Arts and Music, Tokyo
    Kyoto University of Fine Arts and Music,
    Kyoto
1985 "Ueno '85" Gallery of Tokyo University of
    Fine Arts and Music, Tokyo
    "Fujiyama-Geisya"Moris Gallery, Gallery of
    TokyoUniversity of Fine Arts and Music,
    Tokyo,Gallery 16, Kyoto
1986 "5th Parallel Art Exhibition" Ohara-Ryu Hall,
    Tokyo
1987 "Completion Exhibition" Tokyo Municipal
    Museum, Tokyo
1988 "Crossing '88 III" Kaneko Art G1, Tokyo
    "Figurative Ecology - No nukes Open Air
    Exhibition", Nagano
    "Ekisya - Vision" Ryogoku Station, Tokyo
1989 "Lunami Selection '89" Lunami Gallery, Tokyo
1990 "Four Artists in April '90" Akiyama Gallery,
    Tokyo
    "Art Today '90" Seizon Musium, Nagano
1991 "Works - Four Men Show" Gallery Furukawa,
    Tokyo
1994 "Spirit of Hypocrite" Gallery gen, Saitama
1995 "Spirit of Hypocrite II" Galleria Finarte, Aichi
    「View of skyscraper 56 column 」 Zexel ZOOM
    /Tokyo
1996 "Requiem Koji Enokura and 33Artist" Saito
    memorial Kawaguchi contemporary museum
    /Saitama
1997 "DEAD ANGEL" Masami Kondo and Yosihiko
    Tanji "2men show Zexel ZOOM/Tokyo
    "6 persons show" Tokorozawa citizens
    cultural center/Saitama
2002 02 art meeting/ Iwaki City Fukushima Pref.
2004 04 art meeting/ Iwaki City Fukushima Pref.
    "‐ GYKKO ‐ backlight - Four parsons
    exhibition" Midori Ishige, Masami Kondo,
    Kazumi Nakamura,and Nobuki Yamamoto
    Gallery Brocken/Tokyo
2006 "WORKS ON PAPER" Masami. Kondo&Naoki
    Nishijima. Gallery Saoh& TOMOS/Tokyo
2007 "FUSE" Faculties excange exhibition. Kyoto,
    Tokyo and SantaCruise California/Kyouto,
    Tokyo
2008 "FUSE" Santa cruise exhibition
2009 "BERLIN&TOKYO COMMUNICATION ART"
    Berlin Tokyo 20 artist Gallery HIGURE/Tokyo
    "BUNKITEN-Turning point" Exhibition by
    Saitama northeast part living artist in local
    /Saitama


学歴

1980年 4月東京芸術大学美術学部油絵科入学
1982年 3月1年間休学 渡米 ニューヨーク大学英語予備科 アート・スチューデント・リーグ在籍(昭和57年10月まで) (無し)
1985年 3月東京芸術大学美術学部油絵科卒業 (芸術学士)
1985年 4月東京芸術大学大学院美術研究科修士課程入学
1987年 3月東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了 (芸術修士)
1987年 4月東京芸術大学大学院美術研究科研究生入学
1988年 3月東京芸術大学大学院美術研究科研究生修了


職歴

1986年 4月 ~ 1988年 3月越谷美術学院非常勤講師
1989年 6月 ~ 2003年 3月宇都宮デザイン電子専門学校(現宇都宮メディア・アーツ専門学校)非常勤講師
1991年 10月 ~ 2004年 3月東京造形大学非常勤講師
2003年 4月 ~ 2004年 3月文教大学教育学部非常勤講師
2003年 4月創形美術学校非常勤講師 (現在に至る)
2003年 4月 ~ 2004年 3月日本電子専門学校非常勤講師
2004年 4月 ~ 2010年 3月東京造形大学造形学部美術学科助教授
2005年 4月東京造形大学大学院造形研究科造形専攻(修士課程)美術研究領域研究指導担当 (現在に至る)
2010年 4月東京造形大学造形学部美術学科教授 (現在に至る)


学会及び社会における活動等

現在公開している情報はありません。


賞罰

現在公開している情報はありません。



教育方法の実践例

学生の授業外における学習効果促進のための試み。 
/ 1993年 ~

授業内容に社会性を持たせるため、個展、グループ展等を立案、企画、制作、運営等までを諸事務事項とともに学生に提案し指導して行く。

海外の美術作家等を教育現場に招き作家活動の実際や、文化背景の差異等をレクチャーやシンポジウムの形で開陳してもらう取り組み。 
/ 1998年 ~

自身が関わる非営利活動で交流、招聘した海外の作家等をゲスト講師として招き、通常授業では得づらい内容を学生に提供した。

多くの自作教材および視覚機器を多活用した講義授業の取り組み。 
/ 2003年 ~

教育学部美術概説の講義において一般教職専攻学生の理解度を深めるため、歴史上の描画補助道具(カメラオブスキューラ等)を制作、体験させまた補強として多くのヴィデオ、スライド等を展開し授業を運営しとぃる。

教育学部美術教育法の授業において新学習指導要領(中学校)の観点から、調査、分析、提案、効果確認等を授業運営に対し提案し、独善になりがちな制作動機を広く社会に還元しまた興味を持てるよう指導した。 
/ 2003年 ~

(1)文教大学教育学部の美術教育法において、とある時代の絵画様式(例、キュービズム)をその作品の技法などの表層ばかりではなく、その時代の歴史状況や精神性などを調査することにより作品が芸術家の独善により生み出された分けではなく必然があることを感じさせ、他の教科との連携や現代の社会に対する理解を深めて行く。
(2)文教大学教育学部の美術教育法、殊にデザインの授業(の運営法)において、ユニバーサルデザインを学習するため、言語文化圏の違う人や識字前の幼児、また小さい文字が見づらい人たちを想定し、対象地域において必要な絵文字(ピクトグラム)を事前調査し、討論させる。必要な個所の選定の後、対象者を意識したデザインを模索する。実際の掲示のための交渉、設置、その効果を確認することにより、美術やデザインがより住みやすい世の中のためにもあることを考えさせる。

近藤ゼミ展 ’06 企画 
/ 2006年 10月

年間を通じて運営して来たゼミの成果を、展覧会という形で結実させることにより、より教育的効果をはかった。会場は学内ZOKEIギャラリーである。

現代美術国際交流点TRANSIT local=global/プレ展 
/ 2006年 10月12日 ~ 2006年 10月27日

名古屋造形大学の教員からの呼びかけで、本学、京都造形芸術大学との3学での学生交流展を3年を掛けてとり行うこととなり、今展はそのプレ展と言う位置づけで名古屋造形大学内のギャラリーを使用し開催した。

現代美術国際交流点TRANSIT local=global/名古屋展 
/ 2007年 10月2日 ~ 2007年 10月7日

名古屋造形大学の教員からの呼びかけで、本学、京都造形芸術大学との3学での学生交流展を3年を掛けてとり行うこととなり、今展は名古屋展と言う位置づけで名古屋市市制資料館、東桜開館のギャラリーを使用し開催した。教員学生ともども名古屋の滞在した。

近藤ゼミ展 ’07 企画 
/ 2007年 11月12日 ~ 2007年 11月17日

年間を通じて運営されて来た私のゼミの成果をより発揮するために、参加学生が企画運営する形で展覧会を開催した。

現代美術国際交流点TRANSIT local=global/京都展 
/ 2007年 10月31日 ~ 2007年 11月11日

今日と造形大の教員からの呼びかけで始まった、本学と京都造形芸術大学を交えた3学学生交流展の京都造形芸大内での展覧会である。教員学生ともども京都市内に滞在した。学生同士はそれぞれの地域の美大の作品制作に感性の差異などを引き受けながら、積極的に関わって来た。

現代美術国際交流点TRANSIT local=global/東京展 
/ 2007年 11月26日 ~ 2007年 12月8日

名古屋造形大、京都造形芸術大学と本学の学生交流展も各都市をめぐり東京展に順番がめぐって来た。会場は本学内ZOKEIギャラリーを2期にわけて使用した。学生達を指導しながら、両大学の教員や学生の受け入れをはかり、学生達に取って教育的に大きな実践経験を得られたのではないだろうか。

現代美術国際交流点TRANSIT local=global/アメリカ展 
/ 2008年 2月29日 ~ 2008年 3月9日

名古屋造形大教員からの呼びかけで始まった今展は、名古屋の尽力で、かねてからの提携校カーネギーメロン大学アートスクール(ペンシルベニア州ピッツバーグ市)での、日本の3校との交流展の実現に結実した。本学学生も参加学生のうち数名が私とともに渡航し、カーネギーの学生達と交流を図った。

近藤ゼミ展 ’08 企画 
/ 2008年 11月17日 ~ 2008年 11月22日

年間を通じて運営されているゼミナールでの各学生の研究成果を、展覧会という形で結実させることにより、より一層の教育効果をはかる。

近藤ゼミ展’09 企画 
/ 2009年 10月31日 ~ 2009年 11月6日

年間を通じて運営されている私のゼミでの研究成果を、展覧会という形で結実させ、教育効果の一層の強化を図る。この年から、会場を学外のギャラリーに移すことにより、多くの一般来場者の批評眼を得られることが出来た。

大学院生、助手による学外グループ展を企画。タイトルを「SET ON THE PLATFORM」とした展覧会を企画し、カタログ作成までを指導した 
/ 2009年 11月20日 ~ 2009年 11月26日

都内の学生支援のための無料ギャラリースペースを利用し、これから大学院を修了し巣立って行く学生と助手を起用し、社会に出て行くためのスタディーとしての展示を企画し、その運営からカタログ作成までを指導した。

近藤ゼミ、中村ゼミ合同展 企画 
/ 2010年 11月6日 ~ 2010年 11月12日

私のゼミと中村宏客員教授のゼミとの合同展を都内のギャラリーで企画した。

武蔵野美術大学、女子美術大学との学生交流展「Switchers 3×3」企画 
/ 2011年 8月8日 ~ 2011年 8月20日

中央区銀座の貸し画廊に会場を無償提供してもらい、本学と武蔵野美術大学の袴田京太郎准教授、女子美術大学の中村一美特任教授(当時)に依頼し、各大学1名ずつの学生を推薦してもらい展覧会を企画した。また、教員も同時に小品を展示した。多くの画廊が夏期休暇中で閉廊しているのも関わらず300人を超える来場者が訪れ、画家を目指す3人の学生達の実践的な学習の場になったに留まらず、その後の評価へも影響を与えた。

本学と慶応義塾大学、近藤幸夫准教授との絵画と批評の合同展 「UNKOWNS/ART×CRITICISM」企画 
/ 2012年 8月20日 ~ 2012年 8月25日

昨年度の美大同士の交流を経験し、今年度より慶応義塾大学、近藤幸夫准教授の美学美術史ゼミとの交流点を企画した。私が選択した本学の学生の作品に慶応の学生が作品評を書いてくれたものを、同じ画廊内に同時に設置掲示して、来場者に観てもらおうという主旨である。同世代の画家を目指す学生と、批評家や学芸員などを目指す学生の交流は非常に新鮮である。また、会場は中央区銀座の貸し画廊2軒が無償で会場提供してくれ、昨年以上に多くの来場者に恵まれ、参加学生は教育的側面のみならず、社会的な評価を実際に得ることが出来た。(学事振興資金取得)

近藤ゼミ派生展企画 「交換日記的」企画 
/ 2012年 11月24日 ~ 2012年 12月1日

ゼミでの学生とのやり取りの過程で、有志学生がそれぞれ学内で気になる学生を招聘、参加してもらい、その相互で作品についてのやり取りを交換日記の様に書き出したものも含めて展示するという企画。「交換日記的」というタイトルそのままに、学生同士の作品制作にまつわる気持ちや考えがあらわに提示されて、制作の精神的プロセスが共有されたことは教育的な意義があった。会場は学内CSギャラリーを使用。

学内での学生と助手による展覧会「Remedy」を企画。 
/ 2011年 12月13日 ~ 2011年 12月20日

学内では絵画専攻の学生であるが、表現の方向性を概念芸術に絞り、絵画以外の媒体を選択するものも多い。しかし、それには展覧会という実践の場が不可欠である。この企画ではそういった方向性を保つ学生と助手に参加してもらい、展示をしてもらった。会場は学内CSギャラリー。

近藤ゼミ展’13 企画 
/ 2013年 3月12日 ~ 2013年 3月18日

年間を通して運営して来た私のゼミの研究発表の場としての展覧会である。今年度は、卒業制作展が学内外でそれぞれ終了してからの時期であり、文字通り成果展であった。案内状の作成や会場設営、運営の指導を通じて学生には教育的な効果があった。

本学と慶応義塾大学、近藤幸夫准教授との絵画と批評の合同展 「UNKOWNS/ART×CRITICISM」企画 
/ 2013年 7月8日 ~ 2013年 7月20日

昨年度の美大同士の交流を経験し、今年度より慶応義塾大学、近藤幸夫准教授の美学美術史ゼミとの交流点を企画した。私が選択した本学の学生の作品に慶応の学生が作品評を書いてくれたものを、同じ画廊内に同時に設置掲示して、来場者に観てもらおうという主旨である。同世代の画家を目指す学生と、批評家や学芸員などを目指す学生の交流は非常に新鮮である。また、会場は今年度も中央区銀座の貸し画廊2軒が無償で会場提供してくれ、昨年同様に多くの来場者に恵まれ、参加学生は教育的側面のみならず、社会的な評価を実際に得ることが出来た。(学事振興資金取得)

本学と慶応義塾大学、近藤幸夫准教授との絵画と批評の合同展  
/ 2014年 8月18日 ~ 2014年 8月23日

一昨年度より企画したよ慶応義塾大学、近藤幸夫准教授の美学美術史ゼミとの交流展の3回目である。私が選択した本学の学生の作品に慶応の学生が作品評を書いてくれたものを、同じ画廊内に同時に設置掲示して、来場者に観てもらおうという主旨である。同世代の画家を目指す学生と、批評家や学芸員などを目指す学生の交流は非常に新鮮である。また、会場は今年度も中央区銀座の貸し画廊2軒が無償で会場提供してくれ、昨年同様に多くの来場者に恵まれ、参加学生は教育的側面のみならず、社会的な評価を実際に得ることが出来た。
しかし、第3回目の本展開催の計画中に慶応義塾大学の近藤幸夫先生が急逝し、急遽非常勤の和田菜穂子先生に、批評の監修を依頼した。(学事振興資金取得)

大学院生、卒業生らの展覧会「跳ねる土」展を企画 
/ 2014年 7月19日 ~ 2014年 7月30日

日暮里にあるアートスペースHigure17-15Casに会場を提供してもらい、大学院生に展覧会参加者の人選からまかせ、大学院生、卒業生、他学の助手も含めた4名でのグループ展を企画した。(学事振興資金取得)

助手、卒業生、他専攻生の学外展「別名で保存する」展を企画する 
/ 2014年 9月2日 ~ 2014年 9月14日

助手、卒業生、他専攻生のための学外展を、日暮里のアートスペースHigure17-15Casに会場を提供してもらい、企画した。(学事振興資金取得)

近藤ゼミ’14学外展企画 
/ 2014年 11月15日 ~ 2014年 11月26日

4月から相互批評をゼミの課題の中心に据え、お互いの作品批評文も書かせて来たその成果を問うゼミ展を、学外、豊島区のターナーギャラリーにおいて企画開催した。作品展示とそれぞれがゼミ参加学生の作品批評文を同時に展示掲示した。

京都造形芸大、東京造形大大学院生交流展「Pr.PROJECTS 交流展」を、京都造形芸大教員と共同で企画した 
/ 2014年 12月11日 ~ 2014年 12月23日

京都造形芸大の大庭先生からの呼びかけで、本学大学院生との学外での交流展を企画した(国立コートギャラリー)。本学院生の参加者の人選を行い、院生同士の事前交流から指導した。

本学と慶應義塾大学学生による作品と批評の交流展「UNKNOWNS2015 vol.4」企画 
/ 2015年 8月17日 ~ 2015年 8月22日

2012年度より企画した慶応義塾大学との作品と批評の交流展の4回目である。私が選択した本学の学生の作品に慶応の学生が作品評を書いてくれたものを、同じ画廊内に同時に設置掲示して、来場者に観てもらおうという主旨である。同世代の画家を目指す学生と、批評家や学芸員などを目指す学生の交流は非常に新鮮である。また、会場は今年度も中央区銀座の貸し画廊2軒が無償で会場提供してくれ、昨年同様に多くの来場者に恵まれ、参加学生は教育的側面のみならず、社会的な評価を実際に得ることが出来た。
今回の慶應側の教員は慶應アートセンターの遠山葉子先生にお願いした。(学事振興資金取得)

本学と慶應義塾大学学生による作品と批評の交流展「UNKNOWNS2016 vol5」企画 
/ 2016年 8月22日 ~ 2016年 8月27日

2012年度より企画した慶応義塾大学との作品と批評の交流展の5回目である。私が選択した本学の学生の作品に慶応の学生が作品評を書いてくれたものを、同じ画廊内に同時に設置掲示して、来場者に観てもらおうという主旨である。同世代の画家を目指す学生と、批評家や学芸員などを目指す学生の交流は非常に新鮮である。また、会場は今年度も中央区銀座の貸し画廊2軒(藍画廊、ギャラリー現)が無償で会場提供してくれ、昨年同様に多くの来場者に恵まれ、参加学生は教育的側面のみならず、社会的な評価を実際に得ることが出来た。
慶應側の教員は慶應アートセンターの後藤文子先生です。
(学事振興資金取得)

名古屋芸術大学×東京造形大学 交流展 共同企画 
/ 2016年 10月7日 ~ 2016年 10月12日

名古屋芸術大学洋画コース大崎教授からの呼びかけで、本学大学院生4名を私が選考し名古屋芸大ギャラリーにおいて両校4名ずつ8名での大学院生による交流展を企画した。本学学生も名古屋芸大宿舎での滞在等で両校の学生の交流も深まり、学内だけでは得られない経験を通じて教育効果も大いにあったと思う。また教員同士の交流で教育現場の相違など得るものが多かった。(学事振興資金取得)

卒業生作家のための企画展「3つの絵」展 企画 会場:HIGURE17-15cas/日暮里 
/ 2016年 11月10日 ~ 2016年 11月21日

卒業生作家のための学外展を日暮里のHIGURE17-15casを会場に企画した。2名の卒業生と1名の女子美大学院せ卒業生による本展のために会場を無償で提供してもらい、損保美術館の学芸員五十嵐卓氏に案内状の文章を依頼した。美術大学として在校時に教育が終わることなく卒業後の活動支援を形にすることが出来た。

北京 成蹊芸術中心ギャラリーでの卒業生展プロデュース 
/ 2016年 7月2日 ~ 2016年 7月25日

2015年度五美大展に訪れた北京の成蹊芸術中心の成蹊さんが本学卒業生4人の展覧会を自身のギャラリーで企画してくれたので、卒業生とともに渡航し展示の支援をし、7月2日には北京中央美術学院の呂先生らとトークショーに登壇した。上記の期間は展覧会自体のもので、滞在は7月1〜3日の2泊である。(学事振興資金取得)



作成した教科書、教材

講義用スライド「ポストポップアート」 
/ 1996年 4月

「ポストポップアート」という括りで現代を代表する作家の作品を解説するために自身で図録より撮影した。
以降毎年東京造形大学その他でレクチャーに使用した。枚数200枚

美術史解説プリント「ルネサンス〜印象派〜ダダ〜ポップアート」 
/ 1997年 4月

以前勤務していたデザインの専門学校の講義授業において学生の理解を深めるため西洋美術史の代表的な動きを簡便に解説。同時に代表作家、年代、地域も併記し講義の進行に合わせ逐次配付できるようにした。
改訂しつつ文教大学における美術概説で使用した。枚数20枚

講義用スライドと資料「ハンス・ハーケ研究」 
/ 2001年 4月

「ハンス・ハーケ研究」の講義のためにハーケの業績を作品スライドとともにわかりやすくまとめた。
以降毎年東京造形大学その他でレクチャーに使用。

遠近法器(体験器) 
/ 2003年 4月

A・デューラーの時代の遠近法器を元に、多くの学生(教育学部)が容易に使用できるようビニル素材を用いて簡便化し、対象をいかに正確に捉えようと先人が苦心したかを理解する助けとした。
文教大学教育学部で使用。

カメラ・オブスキューラ 
/ 2003年 4月

文教大学教育学部における美術概説の講義中、17世紀のフランドル絵画の解説の補強のために当時の画家が遠近法や作画の参考にしたと思われるカメラオブスキューラを実際に制作した。美術を美学美術史の中だけに沈溺させずいつの時代も科学や他の文化分野とも身近であったことを検証するためにも学生に体験させた。カメラの三脚上で使用でき持ち運びも容易にした。



教育上の能力に関する評価(自己評価)

a) 指導上の留意点 / 2006年 12月1日

自己点検の結果に基づく指導上の留意点
(1)学生が理解できる平易・的確で具体的な用語の使用する。
(2)絵画指導を感覚のみで行わず論理性の裏打ちを常に伴っている。
(3)制作者としての歴史解釈を常に意識させる。
(4)知識と実制作の相互作用を実感するよう指導している。
(5)柔軟な発想力の養成と、発想の転換力の育成。
(6)美術意外の物事に関する興味と作品の連携。
(7)美術作家としての自己マネージメント能力の育成。
(8)芸術家としての情熱の維持。
(9)卒業後の作家生活をいかに楽しみ充実させるかを意識させ、その基礎を学生時代の制作に求めて行く。
(10)作品の成立を助ける指導を徹底的に個々人の置かれた諸状況に合わせて行く。

b) 目標とする研究テーマ / 2006年 12月1日

目標とする教育上の研究テーマ
(1)作品制作を過去の絵画の形式にはめ込むのではなく、この時代の精神や未来の観測に対して敏感な表出物として行く。
(2)作品発表の機会を具体的に作らせる。
(3)芸術の精神性を常に意識する。
(4)今できる作品の完成より、学生の内面の成長を優先する。



実務経験を有する者についての特記事項

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その他

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資格、免許

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特許等

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実務経験を有する者についての特記事項

子どものアトリエ G&B 
/ 2003年 10月~

子どものアトリエ G&Bを居住町内に開設(代表は妻)。子どものための絵画と造形の教室を始める。自身の子らの成育に伴い幼児の美術教育に関する興味が高まり、また地域における美術を通した交流も生活者として、美術作家として必然を感じ始めていたため。大学教育も含め長い展望で美術教育に携わって行きたいと考え出した。



その他

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著書

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学術論文

アーティストイニシアティブ SOW活動報告-アーティストの視点からの発言 
/ 2003年 4月

丹治嘉彦、茂井健司両氏らと1999年に立ち上げた、交流事業を主な目的とした非営利組織の活動記録。
この研究ノートは主に平成12,13年において実際に海外から美術作家を招いて滞在制作、発表までしてもらう顛末を記録してある。5頁〜17頁に掲載(活動については別掲)

【発行所/発表場所】
 東京造形大学[研究報]



3.その他

【作品・作品紹介・作品掲載等】

UNTITLED’83-1 
/ 共同 / 1983年 9月

休学しニューヨーク滞在後、帰国復学した後の大学祭における展示。
UNTITLED’83-1 サイズ未測定(約4×4.5m)
差し掛け4メートルほどの中心線から半分に割ったような舟型の立体を2艘分、実際の小舟を造るように竜骨に板を張り合わせて作り数本の角材で天井高4.5メートルほどの部屋の上部に浮かべるように設置した。
素材は、木、顔料、膠

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 東京芸術大学芸術祭における展示(東京芸術大学アトリエ・上野)

UNTITLED’83-2 
/ 共同 / 1983年 10月

同級生の2氏と自主企画した3人展における展示。
UNTITLED’83-2 サイズ未測定
 上記の作品と同様、舟の形をモチーフとしたインスタレーション(設置)作品。竜骨に板を張り付けた構造の舟を模した立体を数艘分会場のそこここに配した作品。
素材は、木、顔料、膠。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「TRIDANCE」3人展(東京芸術大学展示室・上野)

UNTITLED’84-1 
/ 共同 / 1984年 3月

芸大、多摩美術大学学制有志で自主企画した7人によるグループ展
UNTITLED’84-1  2120h×1610w×3510d mm
 壁と床それぞれに設置した舟もしくは紡錘の形をモチーフにした立体物を細い竿状の木材でつないだ作品。
素材は、木、鉄平石、顔料、膠。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「フリーク」7人展(神奈川県立県民ギャラリー・横浜)

UNTITLED’84-2 
/ 共同 / 1984年 3月

芸大、多摩美術大学学制有志で自主企画した7人によるグループ展
UNTITLED’84-2 3340w×690h×930d mm
壁に付く単体の作品。細長い舟型(カヌーもしくは丸木舟)を上から見たような形。木材を荒く使い舟の残がいの様な印象。中央から先をとがらせた細材が槍のように突き出る。素材は、木、顔料、膠。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「フリーク」7人展(神奈川県立県民ギャラリー・横浜)

UNTITLED’84-3 
/ 共同 / 1984年 3月

芸大、多摩美術大学学制有志で自主企画した7人によるグループ展
UNTITLED’84-2 3230w×3260d×330h mm
 細かく加工した舟型やその他の多くの部品を組み合わせ床上に展開した作品。全体を膠で溶いた顔料で荒く塗装してある。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「フリーク」7人展(神奈川県立県民ギャラリー・横浜)

UNTITLED’84-4 
/ 単独 / 1984年 7月

壁・床それぞれ一点ずつの木を素材に用いたインスタレーション作品。
UNTITLED’84-4 2000w×2300h×600d mm
 舟の形をモチーフにした木材を組み合わせた立体作品。膠と顔料で着彩。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(かねこ・あーとG1・京橋)

UNTITLED’84-5 
/ 単独 / 1984年 7月

壁・床それぞれ一点ずつの木を素材に用いたインスタレーション作品。
UNTITLED’84-5 3000w×4500d×1000h mm
 舟形やはしごなど多くの形を元にした木製の部分を多数複雑に組み合わせて床に展開した。 膠と顔料で着彩。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(かねこ・あーとG1・京橋)

UNTITLED’84-6 
/ 共同 / 1984年 8月

UNTITLED’84-6 750w×1750d×550h cm
 初めての野外作品。上記のサイズはセンチメートル単位だが4つほどの要素が置かれた場の縦横高さである。一番手前に舟型に長さ3メートル深さ40センチほど掘った穴の底に10〜15センチ大の丸石を敷き詰めた穴。かたわらに掘った石を船底のように盛ってある。その奥に黒いバリケード状に組まれた3本の角材。更に奥に3メートル大の舟の骨格があり赤く塗られている。その向うにアルミ板を切り出した30センチ大の鳥型が100ほど並び、最奥に青く塗られた幅1メートル長さ8メートルほどの布が5メートルの高さから斜めに垂れ下がっている。それらの要素全体で一つの作品を成している。
素材は、木、布、アルミニウム板、石、土、塗料。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 福島野外展(福島県福島市水林自然公園内)

UNTITLED’84-7 
/ 共同 / 1984年 10月

UNTITLED’84-7 3600w×4800d×3000h mm
大学の友人2人と京都から東京まで中山道を徒歩旅行完歩した(20泊21日)記念展。当初途中途中で作った小品を宅配便で送りそれらを展示する予定だったが、帰京後足袋へのオマージュとして大規模なインスタレーション(設置)作品を制作。直接見聞きしたものを作ったわけではなく、様々な素材で旅で得たインスピレーションを形態化した。
素材は木、スレート板、アルミニウム線、顔料、膠。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「遙かなる-五千歩・万歩-」(東京芸術大学展示室・上野)

UNTITLED’84-8 
/ 共同 / 1984年 11月 ~ 1984年 12月

UNTITLED’84-8 約4000w×1800d×2500h mm
 木板、木の細材、アルミ線などを複雑に組み合わせた作品。壁に大きな部分が付きはしご様の部分で床に置かれた部分と繋がる。
素材は木、スレート板、アルミニウム線、顔料、膠。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「フジヤマゲイシャ東京・京都両芸大交歓展」(東京芸大展示室・上野、ギャラリーK.赤坂/ギャラリー成安、Rギャラリー・京都)

UNTITLED’85-1 
/ 共同 / 1985年 2月

UNTITLED’85-1 2720w×1810d×1810h mm
 卒業制作。多くの部分からなるインスタレーション。木材やスレート板で複雑に作られた部分を組み合わせた作品。
素材は木、スレート板、アルミニウム線、顔料、膠。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 東京芸術大学卒業制作展(東京都美術館・上野)

UNTITLED’85-2 
/ 共同 / 1985年 7月

UNTITLED’85-2 4000w×8000d×4000h mm
学生有志による専攻を横断した現代美術展。学内の展示室、野外等学内全体を使った。
自作は野外の林の中に設置され二つの部分からなる。手前の小さい部分は曲線を描く木製の箱状のものに自然木を取り付けその上からペインティングが施されている。その向う数メートルのところに一辺4メートルの正三角形の構造物の中心に黒く焦げた階段状の立体が細い横棒に支えられて浮かぶように設置されている。全体には呪術の場を感じさせるかもしれない。
素材は、木、真鍮版、塗料、他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「UENO’85」(東京芸術大学キャンパス・上野)

UNTITLED’85-3 
/ 単独 / 1985年 10月

インスタレーション3点。木材に次いで真鍮や鉛・ガラス等が加わる。要素はフィギュラティブ。
UNTITLED’85-3 2200h×3900w mm
 複雑な工作性は影をひそめ、人体の部分など具体的な形を象徴的に金属と塗料などで作り組み合わせた。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(かねこ・あーとG1・京橋)

UNTITLED’85-4 
/ 単独 / 1985年 10月

インスタレーション3点。木材に次いで真鍮や鉛・ガラス等が加わる。要素はフィギュラティブ。
UNTITLED’85-4 2600h×600w mm
 縦長の木板に着色した、より平面的な作品
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(かねこ・あーとG1・京橋)

UNTITLED’85-5 
/ 単独 / 1985年 10月

インスタレーション3点。木材に次いで真鍮や鉛・ガラス等が加わる。要素はフィギュラティブ。
UNTITLED’85-5 2200h×2000w mm
 着色した木材と大面積の鉛、真鍮を象徴的に使いより絵画的になってきた。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(かねこ・あーとG1・京橋)

UNTITLED’85-6 
/ 共同 / 1985年 10月 ~ 1985年 12月

UNTITLED’85-6 2750h×4300w×300d mm
大きく3つの部分からなる作品。ほぼ左右対称で中央に人体トルソ(体幹)を思わせる鉛を張り込まれた板状の部分がある。中心から上部に向かい放射線状に銀色のハンダの痕跡が走り、心臓にあたる部分に先を尖らせた短い木の枝が20数本突き立てられている。
左右に一辺1メートルのごく浅い四角錐がこちらに向いて開き、木肌を生かして茶に塗られた上に白の塗料で有機的な形の素描が施されている。さらにそれぞれの上に鉛板をハンダ付けして作られ金箔を張られたオブジェクトが取り付けられさらに上方に向かい真鍮の筒状の枝様のものが付き出している。
素材は、木、鉛、真鍮、塗料、洋金箔他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「フジヤマゲイシャ東京・京都両芸大交歓展」(モリスギャラリー・銀座、東京芸大展示室・上野、 /ギャラリー16・京都 )

UNTITLED’86-1 
/ 単独 / 1986年 6月

UNTITLED’86—1 サイズ未計測だが画廊全体を使う   
 鉛・真鍮等を多用したフィギュラティブな要素を床、壁に展開したインスタレーション。大きな部品を画廊全体に配置してその空間ごと作品として問うた。真鍮版で作った金色の柱、金箔を張った円柱や直方体、鉛のオブジェクトやガラスに描かれた素描など多くの要素を一見取り留めなく空間に配する事により、絵画では不可能な作品観を問うた。
素材は、木、鉛、真鍮、塗料、洋金箔、ガラス他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ルナミ画廊・銀座)

UNTITLED’86-2 
/ 共同 / 1986年 6月

UNTITLED’86—2 サイズ未計測ながら2メートル大の部分が多数ある大きなインスタレーション。
 上記の個展作品の一部を構成し直しさらに大きなガラスの素描や鉛のオブジェクトを参加させた新作インスタレーション作品。
素材は、木、鉛、真鍮、塗料、洋金箔、ガラス他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「第5回平行芸術展・ノスタルジアの歩行様式」(小原流会館・青山/小原流研修会館・大阪)

UNTITLED’87-1 
/ 単独 / 1987年 6月

UNTITLED’87-1 サイズは画廊全体
 前年よりそれぞれの部分のはいっそう単純化したが、象徴的な携帯を画廊中に配し全体の意味性を問うた。素材は木、真鍮・ガラス・鉄管他。 

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ルナミ画廊・銀座)

UNTITLED’88-1 
/ 共同 / 1988年 7月

UNTITLED’88-1 2200h×2200w×600d mm
この作品から空間全体を使うインスタレーション作品から、単体で表現する作品に移行し出すが、未だ3次元である。この作品は2ミリメートル厚程度の真鍮版をパネル状に張りその左上部に椅子のシルエットを銅版画の腐食液で腐食させ逆さまに描き出した。右側も荒々しく腐食しその上に上辺から黒い厚手の黒い毛の布を垂らしその下部に鉛に包まれた木の枝が結びつけられている。その前、パネル中央よりやや右の床の上にやはり鉛製の椅子が置かれ逆さまの腐食の絵と呼応する。
素材は、木、真鍮、布(毛)、鉛、塗料他。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「クロッシング‘88パートIII」(かねこあーとGI・京橋)

UNTITLED’88-2 
/ 共同 / 1988年 7月

UNTITLED’88-2 1200h×730w×200d mm
 全面を滴る腐食液で赤く侵された真鍮版パネルの中央上部にそこだけ黄金色に残された 小さな椅子のシルエットがある。パネル上辺に鉛の椅子の脚の一部が切り取られたように掛けられている。
素材は、木、真鍮、鉛、他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「クロッシング‘88パートIII」(かねこあーとGI・京橋)

UNTITLED’88-3 
/ 共同 / 1988年 8月

UNTITLED’88-3 100h×200w×10d mm×200個
 10センチ×20センチの鉛板にコルクで栓をした採集瓶を取り付けた作品。それぞれに現地で英和辞典から任意に拾った言葉を刻印し、採集瓶にはやはり現地の自然物を封印して取り付けた。それらを200個作りキャンプ場の立ち木の目線の高さに四隅を真鍮釘で木々を傷つけないように取り付けた。
素材は、鉛、ガラス、木(コルク)、自然物他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「造形的生態学-自然の中の彫刻展」(富士見パノラマスキー場・長野)

UNTITLED‘88-4 
/ 単独 / 1988年 11月

UNTITLED‘88-4 2200h×3600w×900d mm
 前年より空間全体に問うインスタレーション形式から、絵画のような単体で成立する作品に転換してきた。しかし、キャンバスや油彩は使用せずパネルにはったブリキ板を塩酸で酸化させ白を出し、燃やしたベンチやプラモデルの兵士をを配するなど独自の要式を模索した。この頃から作品のテーマは人間の尊厳性を巡り、その喪失状況を象徴的に顕すようになる。素材は、木、亜鉛引き鉄板(ブリキ)、真鍮、プラスティック、塗料、塩酸他。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(なびす画廊・銀座)

UNTITLED’88-5  
/ 単独 / 1988年 11月

UNTITLED’88-5 2200h×3000w×600d mm
 亜鉛引きを酸化させた白いパネルの前に金箔を張り込んだ実際の柵を置き酸化白の中央を塗った黒い塗料を一度燃やし、その中央の金属棚に鉛でくるんだ自然木を置く。 素材は、木、亜鉛引き鉄板(ブリキ)、鉄 、鉛、塗料、塩酸他。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(なびす画廊・銀座)

UNTITLED’88-6 
/ 単独 / 1988年 11月

UNTITLED’88-6 900h×1800w×900h mm
 古い既製の黒板に素描を施しその上に金箔を張り込んだイスを置く。素材は、木、鉄、洋金箔、塗料他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(なびす画廊・銀座)

UNTITLED’88-7 
/ 共同 / 1988年 12月

UNTITLED’88-7 3000h×7000w×8000d mm
 両国駅の使用していない部屋全体を使ったインスタレーション作品。4メートル×6メートル程の床状のブリキパネルに濃硫酸を撒き亜鉛を酸化させ亜鉛華を出した物を中心に黒焦げのベンチや黒板、古い木の切り株など象徴性のある多くの部分を配した。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「駅舎-VISION」(JR両国駅駅舎・両国)

UNTITLED’89-1 
/ 共同 / 1989年 7月

UNTITLED’89-1 2430h×3360w×600d mm
 後に自身でチョークボードシリーズと呼ぶ黒板様の作品の第一作である。大きな3枚つなぎのパネルに実際の黒板塗料を塗りまず黒板を作った上に、色々な素描を描き、消して行った。黒板とは全ての歴史、言語、図形を引き受けられる媒体である。また素描であり絵画である。下部に鉛の鋳物のミサイル様のオブジェクトが散り散りに取り付けられ、中央最上部には黒板と同色に塗られた家庭用の椅子が逆さまに取り付けられており、そこから枯れたバラの花束が下げられている。
素材は、木、鉛、塗料、花

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ルナミセレクション・’89(ルナミ画廊・銀座)

UNTITLED’89-2 
/ 単独 / 1989年 9月

UNTITLED’89-2 2650h×3300w×300d mm
パネルに亜鉛引きのブリキを張り塩酸で酸化して白を出し、荒々しいペインティングを施す。しかし、金箔を張ったイスの脚や鉛の鋳物を載せた陶器の皿を画面に作った棚に置いたり未だ絵画以外の方法を模索した。
素材は、木、亜鉛引き鉄板(ブリキ)、陶器、鉛、ガラス、塗料、洋金箔他。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(秋山画廊・日本橋)

UNTITLED’89-3 
/ 単独 / 1989年 9月

UNTITLED’89-3 2400h×3800w×400d mm
大きなパネルに実際の黒板塗料で黒板を作り、授業の合間のいたずら書きのような表現的な素描を施す。四隅に四分割した金箔を張り込んだイスを配し。更にミサイル型の鉛の鋳物や採集瓶を貼り付ける。
素材は、木、 鉛、塗料、洋金箔他。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(秋山画廊・日本橋)

UNTITLED’89-4 
/ 単独 / 1989年 9月

UNTITLED’89-4 2400h×1200w×600d mm
縦長の黒板上のパネルに表現的なはしごの素描を白チョークで描いた。最上部に3枚の皿、下部に実際のはしごを切り壊したものを突っ込んだブリキのバケツを取り付ける。
素材は、木、ブリキ、陶器、塗料他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(秋山画廊・日本橋)

UNTITLED’90-1 
/ 共同 / 1990年 4月

UNTITLED’90-1 1820h×1820w×300d mm
 正方形の黒板様の作品。全体の右側に白いチョークで荒々しい素描が描かれまた消しかけられている。棒人形漫画や具体的な文字も散見できるが意図的に読込みは出来ないように描かれている。右下には小さな棚を作り白い皿を置きその上に十数個の自然物を封入した採集瓶が乗せられている。その対角線左上の金属の棚の上に金色の椅子の脚のみが乗せられている。素材は、木、ブリキ、陶器、ガラス、鉛、塗料他。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「フォー アーティスト イン エイプリル‘90」(秋山画廊・日本橋)

UNTITLED’90-2 
/ 共同 / 1990年 4月

UNTITLED’90-2 4800h×2400w mm
 巨大なドローイング(素描)。亜鉛引き、ブリキ板を塩酸で洗い酸化させ亜鉛華を吹かせ白くした後、黒ニスや、鉛筆、緑の塗料等で荒々しく素描してある。素材は、ブリキ、塩酸、塗料他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「フォー アーティスト イン エイプリル‘90」(秋山画廊・日本橋)

UNTITLED’90-3 
/ 単独 / 1990年 7月

UNTITLED’90-3 2330h×3720w×300d mm
大きな黒板様のパネルを継続する。金箔を張った実際の柵を直付けし全体に荒々しいチョーク(実際はパステル)による素描を施す。最上部に皿が3枚棚を作って置かれる。柵は越える事のできない状況の象徴。素材は、木、ブリキ、陶器、塗料他。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー古川・銀座)

UNTITLED’90-4 
/ 単独 / 1990年 7月

UNTITLED’90-4 1820h×2730w×500d mm
パネルに亜鉛引きのブリキを張り塩酸で酸化して白を出し、中央上部に金箔を張ったイスの脚を1本手の平で描きなぐった黒い塗料の上に取り付ける。パネルの両端に小さい金属の棚を4ツ作り、その2ヶ所に燃やし炭化したイスを座面の中央から裁断して吊下げる。素材は、木、ブリキ、塩酸、塗料他。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー古川・銀座)

UNTITLED’90-5 
/ 単独 / 1990年 7月

UNTITLED’90-5 1820h×1820w×300d mm
 正方形の黒板パネルの両端に片側には棚と皿を3枚、片側には自然物を入れた採集瓶を取り付ける。中央にはそれらの関連を示すような表現的な素描。素材は、木、ブリキ、陶器、ガラス、塗料他。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー古川・銀座)

UNTITLED’90-6 
/ 単独 / 1990年 7月

UNTITLED’90-6 1820h×2730w×400d mm
 横長の黒板パネルの中央にはしごの素描。その下部に棚を作り切り壊した実際のはしごを無造作に積み上げる。最上部に採集瓶を4つ取り付ける。素材は、木、ブリキ、ガラス、塗料他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー古川・銀座)

UNTITLED’90-7 
/ 共同 / 1990年 9月 ~ 1990年 11月

UNTITLED’90-7 2440h×3700w×400d mm
 過去作数点とともに出品したうちの新作の一点。大きな黒板塗料を塗ったパネルにチョーク(実際はパステル)で図や文字を描きまた消す。全面を荒々しい素描が覆い、その最上部やや右側に既製品の真鍮鋳物の弥勒菩薩像が逆さまに取り付けられている。最下部右端近くに既製品の野球盤ゲームが塗料で汚され取り付けられ、そこから素描のはしごが弥勒菩薩像目がけ上っている。下部左には小さな棚の上に皿が置かれている。素材は、木、陶器真鍮、プラスティック、金属、塗料他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「ART TODAY’90](高輪美術館-現セゾン現代美術館・軽井沢、長野)

UNTITLED’91-1 
/ 共同 / 1991年 2月

UNTITLED’91-1 2100h×3700w×400d mm
 チョークボードシリーズである。3枚つなぎの黒板様のパネルの主に右側半分にステンシル(型抜き)で書かれた文字や数字、荒々しい図形や棒人形漫画などが大量の滴りと共に描かれている。左半分はほとんど黒板の地の緑色のままだ。上部左右の角に既製品のカーブミラーが取り付けられている。カーブミラーは見えざるものを見る事が出来ることの象徴。未来や過去や他者の内面などである。中央やや右にアルミ製の額が掛り中の絵には棒人形の人が横たわりミラーによって見られているように図示されている。素材は、木、金属、ガラス、塗料他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「WORKS」(ギャラリー古川・銀座)

UNTITLED’91-2 
/ 単独 / 1991年 4月

UNTITLED’91-2 1820h×2730w×300d mm
横長の黒板パネルの右端の上下に既製品のカーブミラーを取り付ける。左半分にはそれらを指示するような白い素描を描きなぐるように施す。黒板上の荒い素描は不確定で翻弄されがちな社会の動きを、カーブミラーは見えざる何かを象徴する。素材は、木、金属、ガラス、塗料他。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ルナミ画廊・銀座)

UNTITLED’91-3 
/ 単独 / 1991年 4月

UNTITLED’91-3 100h×1820w×60d mm
ほとんど消され判読できない黒板パネルの最下部に7枚の額が吊下げられている。額それぞれには棒人形の漫画や鳥の死骸の写真などが入れられている。何も無い現実社会と、形骸化した権威を対比したような作品。素材は、木、金属、ガラス、塗料他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ルナミ画廊・銀座)

UNTITLED’91-4 
/ 単独 / 1991年 7月

UNTITLED’91-4 2320h×3630w×100d mm
大きな黒板上パネルの連作。杭に鎖で繋がれた棒人形の犬や人など、抑圧されがちな現実社会の個を象徴するような荒い素描を半ば消すように描く。最上部中央に同色に塗られた額絵。素材は、木、塗料。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー古川・銀座)

UNTITLED’91-5 
/ 単独 / 1991年 7月

UNTITLED’91-5 1780h×2510w×600d mm
やはり黒板状の作品。ゴヤの内戦の銃殺場面を描いた作品をシルクスクリーン版画にしそれを中央に縦に4回転写してある。更にその上から荒い素描を施してある。右端、パネルからはみ出すように大小5枚の額が取り付けられそれぞれに棒人形漫画などが紙に描かれ入れられている。素材は、木、塗料、金属、紙、ガラス他。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー古川・銀座)

UNTITLED’91-6 
/ 単独 / 1991年 7月

UNTITLED’91-6 1400h×2000w mm
古い学校教材の投影銀幕を利用しその上から描いた作品。収納時は2本の横棒に巻き付けられ、使用時は上部の横棒中央の吊下げヒモで壁に掛けることができる。その幕の銀色部分を多く残し滴り落ちる緑と黒の表現的な作品。素材は、古い巻き取り式投影幕、塗料。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー古川・銀座)

UNTITLED’91-7 
/ 単独 / 1991年 7月

UNTITLED’91-7 1400h×1600w mm
パネルに綿布張り。一見今までと同様な黒板パネルに見えるが、実は学部の2年生以来のキャンバス作品。4回繰り返し転写したゴヤの内戦の絵のシルクスクリーン版画の上から荒々しく畑を耕す人と小さな家を棒人形で描く。素材は、綿布、塗料、油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー古川・銀座)

UNTITLED’91-8 
/ 単独 / 1991年 7月

UNTITLED’91-8 1820h×2720w mm
塩酸で白く酸化させた亜鉛引きを張ったパネルの左に木材とアクリルガラスで作った大きな額状の箱を組み合わせた作品。箱の中は黒板状のパネル。パネル、アクリル板双方に荒々しく描いてあり、アクリル上の筆は亜鉛板上まで飛び出している。素材は、亜鉛引き鉄板(ブリキ)、木、塗料、アクリル板他。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー古川・銀座)

UNTITLED’91-9 
/ 単独 / 1991年 7月

UNTITLED’91-9 1820h×1820w mm
正方形の黒板城のパネル作品。下辺に沿って4つの小さい額が取り付けてあるがその内3つは伏せられ裏側しか見えない。表を見せる額には鉛板が入れられている。パネル表面は取り留めのない素描の痕跡で埋め尽くされている。素材は、木、塗料、ガラス、鉛他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー古川・銀座)

UNTITLED’93-1 
/ 単独 / 1993年 2月

UNTITLED’93-1 1820h×2470w mm
この頃よりパネルにキャンバス張りの形式的には完全に絵画様になって来る。自身の中でも絵画を受け入れることができるようになってきたのだろう。しかし、作品テーマは変化してはおらず、黒板(チョークボード)シリーズ同様荒いタッチの文字の痕跡やいたずら書きのような素描が多用されている。ただ、画材はより油彩のそれに近づき油絵の具も使うようになる。これは絵画という社会的に流通している通念を無視し新しいものを作ろうとしていたのが、より純粋に画面内部の諸問題だけで表現するべきではないかと思考し出した時期だからだ。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリーgen・越谷)

UNTITLED’93-2 
/ 単独 / 1993年 2月

UNTITLED’93-2 1460h×1120w mm
キャンバスを木枠張りした普通の絵画様式に立ち戻り出した作品。作品の様式は上記の‘93-1と全く同一だ。画面最上部に判読しづらく「DEATH」と絵画的要素として描かれていて、下部には漫画的に炎型があり文字それぞれと炎が線分で結ばれている。
ちなみに‘93-1は「DREAMS」,‘93-3は「DIGNITY」とそれぞれ判読が困難なほど表現的絵画的に描かれている。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリーgen・越谷)

UNTITLED’93-3 
/ 単独 / 1993年 2月

UNTITLED’93-3 1305h×1620w mm
上述したように画面最下部に文字を並べたがほとんど絵具の暴れの中に入り込み判読は難しい。まだこの頃までは、絵画を空間や形態を再現する場としては考えていなく、象徴的な記号を配置してある状況を作る場と考えていたので、色彩も全く不必要な要素であった。キャンバスに油彩。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリーgen・越谷)

UNTITLED’94-1 
/ 共同 / 1994年 2月

UNTITLED’94-1 1900h×3500w mm
2枚組の大作。全体を黒い絵具が覆い、色彩はほとんど見られない。印象は描きかけのようであるが、あえて伝統的な絵画での完成は目指さず、記号的な形象とそれを描く作者の心情を反映した行為性を前面に出した。画面を横切る消えかけた細長いテーブルに重なるように荒い家形が浮かび、各所に色々な記号的形態が散乱している。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「偽善者の魂」(ギャラリーgen・越谷)

UNTITLED’94-2 
/ 共同 / 1994年 2月

UNTITLED’94-2 1700h×2250w mm
この作品もほとんど無彩色である。緑を地に白の線描でテーブルが描かれその両端を覆うように黒い絵具が垂れ流されている。中央に立てられた脚立からは棒人形の人型が転落している。小さな家型、穴に落ち込む螺線など人の歴史の悲観的側面を象徴しているようだ。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「偽善者の魂」(ギャラリーgen・越谷)

UNTITLED’94-3 
/ 共同 / 1994年 2月

UNTITLED’94-3 サイズ未測定。
掌に乗るくらいの大きさの家の形をしたパステルを顔料から手作りした。パステルに限らず画材はその運命を果たすためには自らを削ってゆかなければならない。ある作品が完成する時パステルは跡形も無くなるわけだ。それを家型にした。私達の現代社会における個人と家族の関係、またその危機などを風刺的に表現した。壁に小さな棚を縦一列に取り付け、白、赤、青、緑等計8色のパステルを展示した。全体で一つの作品。素材は、顔料、膠、木他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「偽善者の魂」(ギャラリーgen・越谷)

UNTITLED’93-4 
/ 単独 / 1994年 7月

UNTITLED’93-4 1270h×1900w mm
この個展に出品した7点の内この1点だけは1年ほど前にかかれたものであった。少しスタイルが変化してきている時であり前後の繋がりを示したかったのかもしれない。この作品は画面全体をほとんど黒と深い緑が覆い、読込める記号も極端に少なくなっている。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(秋山画廊・日本橋)

UNTITLED’94-4 
/ 単独 / 1994年 7月

UNTITLED’94-4 1900h×1350w mm
この作品あたりから今までの黒や深い緑のほぼ無彩色の表面から徐々に色彩が現れてくる。しかしそれでも全体の印象は黒を基調としている。この作品の画面は二つの面で構成されている。左側の艶のない黒い面にチョークで具体的な形が描かれている面と、右側の多くの色が縦に流れている面とに。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(秋山画廊・日本橋)

UNTITLED’94-5 
/ 単独 / 1994年 7月

UNTITLED’94-5 1900h×1350w mm
この作品は更に画面全体が表現的になり、構成的な要素は無い。テーマは以前から一貫して人間の尊厳性とその不安定さにあり、画面全体をある種不安定で暗い絵具がうめる。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(秋山画廊・日本橋)

UNTITLED’94-6 
/ 単独 / 1994年 7月

UNTITLED’94-6 1900h×2600w mm
横位置の大画面の油彩。色彩は少しずつ出て来てはいるが、まだ全体的に暗い色調が横溢している。画中には以前より具体的な形が多く現れるようになっている。この絵ではテーブルの上に2脚の脚立が立てられそれぞれの上部の間にロープが渡されている。その中央から垂れ下がるロープは途中で切れ、何かが繋がれていたような痕跡が残る。もちろんテ-ブルと脚立の大きさの比較は意図的に無視されている。キャンバスに油彩
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(秋山画廊・日本橋)

UNTITLED’94-7 
/ 単独 / 1994年 7月

UNTITLED’94-7 2400h×1900w mm
縦位置の大画面の油彩。この作品もテーブル様のシルエットが画面中央を占める。その上面左端にははしごが上方に向かって立ち、右端にはたき火のような炎が燃えている。テーブル下には赤ん坊をのせた食卓を囲む二人が棒人形で描かれ、更に小さな家のシルエットとテーブル上のはしごと炎が線分で結ばれている。キャンバスに油彩
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(秋山画廊・日本橋)

UNTITLED’94-8 
/ 単独 / 1994年 7月

UNTITLED’94-8 500h×450w×600d mm
この作品はこの個展に同時に出品した立体作品。座面を壁に密着させて展示した丸椅子の脚に大小様々な絵の額を通してある。立ち位置の目線で見える座面の裏側には金色の額装をされた古典的な丸椅子の絵画。その脚元が燃えている。素材は木、キャンバス、絵具他。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(秋山画廊・日本橋)

UNTITLED’94-9 
/ 単独 / 1994年 7月

UNTITLED’94-9 800h×420w×420d mm
これも同様な立体作品。既製の丸椅子をちょうど入れられるように作ったアクリル製の家形の箱の内側を、染料系の赤の油彩で塗ってある。指で塗られたムラのある縦長の家の中にぼんやり丸椅子が見える。素材はアクリル、木、絵具他。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(秋山画廊・日本橋)

UNTITLED’94-11 
/ 単独 / 1994年 8月

UNTITLED’94-11 サイズ不明
木製の丸椅子を座面がちょうど4等分されるように4分割したものを、アクリル製の箱に収めた。その内側は半透明の黒色塗料を指でムラを作リ塗られているのではっきりとは見えない。更にそれをそれぞれ段ボール製の箱に収めてある。展示は段ボール製の箱のフタを外した状態で4つとも壁に掛けた。それらの上方の壁に小さな黒板(緑板)を掛けそこに丸椅子が4分割された様子をチョークで図示した。アクリル、木、紙、塗料。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ルナミ画廊・銀座)

UNTITLED’94-12 
/ 単独 / 1994年 8月

UNTITLED’94-12 1100×300mm
この個展は画廊の小室を与えられたせいもあり展示した2点ともが絵画ではなく立体である。本作は鉛の鋳物製で、細い枝上の棒の両側数ヶ所にやはり図形をかたどった鋳物の板や鋳物を溶かす坩堝型の容器状のものが取り付けてある。その容器の底からは小さなはしごが上方に飛び出している。素材は鉛。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ルナミ画廊・銀座)

D-19 ‘95-1 
/ 単独 / 1995年 9月

D-19 ‘95-1 1900h×2500w mm
はっきりした形態が画面から消えうせ黒い不確かな筆致が占めるようになっている。大小の枠もしくは額のようなものの間を不定形な流れのようなものが繋ぎそこに3層の小舟が浮かんでいる。それらに被さるように線分の円錐や歪んだ楕円が震える線で描かれ、全体が黒い画面をいっそう不安定にしている。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリーぐばく・日高)

UNTITLED’95-2 
/ 単独 / 1995年 9月

DUNTITLED’95-2 1400h×1900w mm
画面全体を荒れた筆致の黒が覆い、赤茶とわずかな白の線が何本か震えるように走っている。画面下方から渦巻きのように線分の逆円錐が口を開けこの絵で唯一のイメージである小さな3つの家形がその上に浮かぶ。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリーぐばく・日高)

UNTITLED’95-3 
/ 単独 / 1995年 9月

UNTITLED’95-3 2200h×1650w mm
縦位置のこの絵も全くの無彩色でわずかに赤茶が若干使われている。上部に3つの枠もしくは額のような形態が非常の荒々しく描かれ、一部重なっているが横に引きずられた筆致のためようやく形態が分かる程度だ。その下には棒人形で描かれた大きい漏斗をくわえさせられた人が台に縛られている。それぞれの額様な形から消えかけているその漏斗に線分が降りている。キャンバスに油彩

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリーぐばく・日高)

DEAD ANGEL’97-1 
/ 共同 / 1996年 2月 ~ 1996年 7月

DEAD ANGEL’97-1 2500h×1850w mm
更に画面上の諸記号が単純化して行こうとしている。画面全体を明るい赤が艶無く覆い、左上から中央にかけて黒いシミが穴を開けるようにある。中央やや右寄りにダ・ヴィンチの受胎告知からとった天使ガブリエルのシルエットが大きく金色で描かれ、それをほとんど判別できないほど揮発油をかけ、消し流してある。マリアに向けた指先だけはどうにか分かるが幾条もの滴りとともに画面底部に流れ落ちている。最上層には青黒色の太い線描が上部から下部へ何本も走っている。右上から中央には拡散し、中央から右下には収束して行く。中央で上下から来た線分が指を重ねるように重なっている。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「DEADANGEL-死せる天使」(ゼクセルビル・渋谷)

FLOWERVASE--NO   
/ 共同 / 1996年 2月 ~ 1996年 7月


FLOWER VASE-NO FLOWER’ 97-2 
2500h×1850w mm
やや赤身がかった灰色が綿のキャンバスの地を洗うように薄く塗られている。刷毛跡もムラを作り非常に不安定な感じを与える。右端に幅広く地色が乾かないうちに薄い赤が流され、灰色を引きずりながら画面の下へ流れ落ちている。それを一番下の層としてその上に金と銀の筆跡が重なる。これらは建築物の部分をスライド映写機で投影し意図的にたどたどしくなぞったものだ。更に次の層に左側から下部を這い下の方に、大きく植物のイメージが黄と緑でマスキングによってはっきり強く描かれている。蔓に葉がついたような形。最上層、画面の四隅近くに散らばるように花瓶のシルエットが白、青灰、濃青灰、赤灰で型枠を用い分厚く塗られている。画面上辺と下辺の中央にFlower vasies(花瓶)と No flower(花は無い)という文字が書かれている。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「DEADANGEL-死せる天使」(ゼクセルビル・渋谷)

FLOWER ’97-2 
/ 共同 / 1996年 2月 ~ 1996年 7月

FLOWER VASE-NO FLOWER’ 97-2 
2500h×1850w mm
やや赤身がかった灰色が綿のキャンバスの地を洗うように薄く塗られている。刷毛跡もムラを作り非常に不安定な感じを与える。右端に幅広く地色が乾かないうちに薄い赤が流され、灰色を引きずりながら画面の下へ流れ落ちている。それを一番下の層としてその上に金と銀の筆跡が重なる。これらは建築物の部分をスライド映写機で投影し意図的にたどたどしくなぞったものだ。更に次の層に左側から下部を這い下の方に、大きく植物のイメージが黄と緑でマスキングによってはっきり強く描かれている。蔓に葉がついたような形。最上層、画面の四隅近くに散らばるように花瓶のシルエットが白、青灰、濃青灰、赤灰で型枠を用い分厚く塗られている。画面上辺と下辺の中央にFlower vasies(花瓶)と No flower(花は無い)という文字が書かれている。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「DEADANGEL-死せる天使」(ゼクセルビル・渋谷)

UNTITLED’97-3 
/ 共同 / 1996年 2月 ~ 1996年 7月

UNTITLED’97-3 2500h×1850w mm
この作品は更に表面の形象と作家の制作動機が一致しない作品になっている。大画面全体に垂らされた絵具を消すようにベージュ色の刷毛目が水平に全面を覆っている。その上に置かれた記号的な形象は大小7つで、それぞれ無関係に散在している。最下層に大きく銀色のシャンデリアが描かれているが、スライド映写機で投影した像を暗い中で荒くトレースしたものなのであまりはっきりはしていない。それに覆いかぶさるように欧州の古城の図面から抜き出した塔の骨組みが暗緑色で描かれている。更に4つの、これも欧州の鍛冶職人の建築の装飾部品、鉄板を切り抜きねじってあるような形を赤茶で線描してある。最上層に出てくる二つの形象のみに意味がある。一つは上辺左寄りにある、下半身を一つにした双子がお互い銃で打ち合おうとしている棒人形絵。そして右寄り下部の進入禁止のような標識である。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「DEADANGEL-死せる天使」(ゼクセルビル・渋谷)

HOME-BONE 97-4 
/ 共同 / 1996年 2月 ~ 1996年 7月

HOME-BONE ’97-4 2500h×1850w mm
この連作4作は同じ展覧会に出品したものだが、そうした時に私はいつもその表層の様式を少しずつ変えるようにしている。それは、絵画の表層と作者の制作動機の関係自体が研究テーマにもなっているからである。この作品ではまず全体を染料系の赤と黒色絵具で塗りつぶしそれが全く乾かぬうちに白で引きずるようにまるで横殴りの流れが暴れるように画面を作ってある。その層の上に画面下半分にたどたどしく白と灰色の線描でテーブルが描かれている。画面上部にはテーブルから離されて椅子がやはり同様にたどたどしい線で描かれている。上辺にはHOME(家庭)とBONE(骨)の文字がそれぞれを重ねるようにやはりたどたどしく描かれている。これは言葉遊びなのだが、家庭と骨とは生と死の比喩で正反対の事ではある。右側をいたずら書きのような意味のあるような螺線や点線が暗灰で描かれ椅子とテーブルに被さる。そして更にそれに被さる最上層に骨型が型紙によって2個所描かれ滴る絵具が下に向かい垂れている。真っ白くとても象徴的な印象。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「DEADANGEL-死せる天使」(ゼクセルビル・渋谷)

UNTITLED’96-2 
/ 共同 / 1996年 5月

UNTITLED’96-2 1900h×1350w mm
この年から一気に画面が色彩的になって行くと同時に出てくる形象がより象徴的になってくる。この絵は抑えられた赤の地の上に何度か白の歪んだ線で縦方向で底面を重ねた円すい形を枠線で描き消し、その上に金色で舟型を4艘分指で描いた。さらにその上に半ば被さるよう今度は定規を使った直線で底面を重ねた円すい形を線分で描いた。この絵ではっきり見えるのは白の線分だけで後は赤の地の中に沈んでいる。画面を縦に拡散と収束の連続が行き来しているわけだ。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「レクイエム-榎倉康二と33人の作家」(斉藤記念川口現代美術館・川口)

UNTITLED’96-3 
/ 共同 / 1996年 5月

UNTITLED’96-3 1900h×1350w mm
全体が黒い中にカドミウムレッドの赤が象徴的に浮かび上がっている。もし悪夢を抽象的に見たならこうあるのではないか。黒っぽい地に白の不定形が消えかかり、全体に艶のある黒と無い黒が場所を分けてせめぎ合っている。その黒に半ば溶け込むように唐突に赤の円柱が線分の輪郭で描かれ、さらに赤の十字形が3つ周囲にある。一番上層にほとんど黒に近い緑で立ち木、丸テーブルのようなもの、梯などが荒っぽく線描されている。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「レクイエム-榎倉康二と33人の作家」(斉藤記念川口現代美術館・川口)

APPLES ON A DISH ’96-3 
/ 共同 / 1996年 5月

APPLES ON A DISH ‘96-3 1900h×1350w mm
薄い茶の地の上に描かれた線描をかき消すように赤、青黒、の絵具が太い刷毛から叩きつけられるように覆う。そのほとんどは赤である。その上に白い円錐や指の痕跡などが擦れるように提示され、最上層は2種の形象が描かれている。一つは金色のテーブルの輪郭線とその上の皿の上のリンゴ様のもの。もう一つは楕円に円を2つ組み合わせた皿にリンゴ様なシルエットを白のスプレーで吹きつけたものである。キャンバスに油彩。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「レクイエム-榎倉康二と33人の作家」(斉藤記念川口現代美術館・川口)

CAINES ‘98-1 
/ 共同 / 1999年 1月

CAINES ‘98-1 1850h×3300w mm
横長な大きな作品。全体の印象は赤い絵である。何層も滴らせながら赤系の絵具を重ねムラのある赤の色面が広がる。その横長の幅ほぼいっぱいに横倒しに椅子のシルエットが同系色で重ねられている。左端には銀色の矩形が幾段か重ねられるようにある。中央やや右より、横倒しの椅子の座面のあたりに垂れ流された濃青色に重ねて、16〜7本の杖が、型紙により白の絵具を厚く盛られ描かれている。同じ型を重ね上下も入り交じり、画面を横断している。左端に淡く黄系で茎の長い花のシルエットがある。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「ミューズ新春美術展・向き合えば絵画は芽生え」(所沢市民文化センターミューズ・所沢)

UNTITLED’98-2 
/ 共同 / 1999年 1月

UNTITLED’98-2 1850h×2000w mm
上記の作品とはうって変わり黒の印象の絵画である。まず全体が赤茶と黒によって荒く描きなぐるように2色の刷毛後が入り交じる下層を描き、その上にマスキングした線描で中央下辺に梯の最上部を左に傾けて描き、中央上辺に梯の最下部を右に傾けて描いた。本来床に接する梯の脚部にはその両方に赤い炎が燃えている。画面中央には何も無く逆転した梯の脚が燃え出している、もし上ったならどうする事も出来ないわけである。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「ミューズ新春美術展・向き合えば絵画は芽生え」(所沢市民文化センターミューズ・所沢)

619601815 ’98-3 
/ 共同 / 1999年 1月

619601815 ’98-3 1900h×2500w mm
この数字だけのタイトルは私と妻とこの年に生まれた長男の誕生日を並べたものだ。長男が生まれた喜びが出ているのだろう。白いキャンバス地に何個所か金と銀を塗りその後大きく花型にマスキングして2層目を施す。2層目は白を多用し青、赤系を中心に縦の刷毛目で非常に荒々しい、乾いてない上に更に絵具を重ねた面を作った。更に上層に全くそれとは解らないようにだが放尿をする長男のペニスを黒と灰色で描いてある。小水の飛沫と共にだがその長さは1メートル以上ある。最上層に型紙でガーベラの花のシルエットが4つ、黄、白、赤、青で厚い絵具層で描かれている。キャンバスに油彩。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「ミューズ新春美術展・向き合えば絵画は芽生え」(所沢市民文化センターミューズ・所沢)

FLOWER,HOUSE, 
/ 単独 / 2000年 3月

FLOWER, HOUSE, CHAIR ‘00-1 
1900h×3200w mm
この作品はこのタイトルとおりの作品。最下層に3脚の椅子のシルエットが大きくマスキングで抜かれている。中央のは正立し左右のは逆転している。多くの絵具の滴りと共に白の斑点が降るように描かれ、その上に50センチほどの大きさの様々な花のシルエットが型紙を使った厚塗りで描かれている。更に不定形の灰色の線描が画面に踊り、さいじょうそう、左上に大きくマスキングで家型が金色で描かれている。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー・イン・ザ・ブルー栃木・宇都宮)

CHAIR ‘00-1  
/ 単独 / 2000年 3月

FLOWER, HOUSE, CHAIR ‘00-1 
1900h×3200w mm
この作品はこのタイトルとおりの作品。最下層に3脚の椅子のシルエットが大きくマスキングで抜かれている。中央のは正立し左右のは逆転している。多くの絵具の滴りと共に白の斑点が降るように描かれ、その上に50センチほどの大きさの様々な花のシルエットが型紙を使った厚塗りで描かれている。更に不定形の灰色の線描が画面に踊り、さいじょうそう、左上に大きくマスキングで家型が金色で描かれている。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー・イン・ザ・ブルー栃木・宇都宮)

UNTITLED ’00-2 
/ 単独 / 2000年 3月

UNTITLED’00-2 2500h×1850w mm
非常に全体が意図的に不安定に作られた作品。染料系の赤、緑、青等が取留めも無く塗り、垂らされ更に雲母が混ぜられ定着聖の低い画面になっている。その上に水平にした画面に大量の赤がのせられ乾くまで放置された。それは左側を縦断し飛沫を受けたようにはねながら固化し量感を見せている。それを避けるように上部3分の一ほどを占めているのが建物の描写である。古い洋館を青系で描いその際をぼかしてある。その上から壁と床と見える線分と窓らしき線分をマスキングテープで引き銀色をエアブラシで吹いた後テープを剥がし薄く部屋のイメージが重なるようにしてある。最後に上辺右寄りと左辺下寄りに鮮やかな黄色の幾何形がくさびのように画面の外から飛び込んでいる。キャンバスに油彩。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー・イン・ザ・ブルー栃木・宇都宮)

UNTITLED ’01-1 
/ 単独 / 2001年 10月

UNTITLED ’01-1 2000h×1450w mm
二つのイメージを作る部分からなる作品。まず最下層にオレンジがかった赤茶の薄いムラのある塗りを施す。その地をマスキングで窓を想起させる矩形に残しやはりムラのある赤を上層として塗る。水平にして塗っているので一部は中央付近に溜まり濃く乾燥している。画面下部に一つ目のイメージとなる女性象が口に手を当て上半身を横に向けている。輪郭線のみの人物像だが、線はマスキングして描かれた堅い印象だ。上部左寄りにもうひとつのイメージの子どものおもちゃがある。中央に穴の空いた大きさの違う木製の円盤を棒に通す知育玩具で、円盤はそれぞれ青から緑、黄、赤、紫とグラデーションに塗装されて12枚ある。順番通り積み上げれば円錐形になるが、絵の中では上部7枚ほどが周囲に散らばっている。まるで秩序が壊されたように。最後に先の女性像の顔から胸、左側一体に青黒い絵具がまるでこの女性が吐き出したように流れ一帯を覆っている。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー・イン・ザ・ブルー栃木・宇都宮)

UNTITLED ’01-2 
/ 単独 / 2001年 10月

UNTITLED ’01-2 2200h×1850w mm
この作品は、イメージ的には上記の作品と同様不安感を予感させるものかもしれない。中東情勢が不安定になりそういったニュースの中で意識して描いたせいだろう。構造的には何層かの層を意味的連続性を断ち重ねて行っている。まず白と染料系の赤で非常にムラのある地を作り下部にギリシャ建築の建物を素描風に描いた。それとは重ならないように上部右寄りに泣いている幼児の上半身を描いた。その二つの形象を打ち壊すように灰色、赤、黄の絵具を大量に投げつけ激しく炸裂するように滴らせてある。最後にそれらとは全く関連性が無いように上辺と下辺にきちんと作図した六画形が連続する蜂の巣状、網状の図形が厚い白で描かれ画面をそれぞれ横断している。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー・イン・ザ・ブルー栃木・宇都宮)

UNTITLED ’01-3 
/ 単独 / 2001年 10月

UNTITLED ’01-3 2000h×1450w mm
前作はそれぞれの記号性を帯びた形象はほとんど重ならずに画面に展開していたが、今作はその全てをほとんど重ねた状態に仕立ててある。最下層の地の部分はやはり荒く刷毛目が激しく青で塗られている。その上にアーチのある建築物の内観が金で画面全体に描かれ、次の層は大きく騎馬像のシルエットが銀でマスキングで描かれ、その上に染料系の赤のオベリスクが、更に先端が丸くなった円柱(実はツタ類を絡めるための園芸用品)が黒で描かれ、最上層にそれに絡まるよう緑、黄、淡青で蔓性の植物様なものが描かれている。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリー・イン・ザ・ブルー栃木・宇都宮)

UNTITLED ’02-1 
/ 単独 / 2002年 3月

UNTITLED ’02-1 2800h×2400w mm
組作品ではなく単体では最大級の作品。最初に手を付けてない白い状態のキャンバスの上に不定形な建築物のような形態をマスキングテープの線で描き、その上からオレンジ、青、薄紫等で厚みは無いが非常に荒れた地になる層を作る。実はその建築物は新聞に載っていた火事になったジェットコースターの骨組みだ。上部4分の1はオレンジだが、その下はその建築物に降りかかる雨のように多々の色の滴りが流れる。上部のオレンジの地の部分に黒で素描的に描かれたギリシャ様式の建物が鏡面のように対称的に描かれているが、それを遮るように黄土色の流れが上部から左下に流れている。次の層には不定形の影のような赤黒いシルエットのようなものが右下にあるが実はこれはフィリッポリッピの聖家族のマリアと幼子キリストで、床のキリストに合掌するマリアのシルエットである。最後の層には前述したグラデーションに塗られた木製の円盤を積み重ねる玩具がその黄土色の中に描かれ、部分が全体に散らばっている。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(藍画廊・銀座)

UNTITLED ’02-2 
/ 単独 / 2002年 3月

UNTITLED ’02-2 2500h×1850w mm
今作は上記の作品とは一転して印象の違う表情である。既述したが今展に出された2点もそれぞれ様式を意図的に違えてある。それは制作テーマの一つが、作品の表層と作者の制作動機の関係性にあるので様式の統一性にはあまり感心が無く、また敢えてそうしている。この絵は全体の絵具層の厚みは薄い。まずアクリルのメディウムに溶いた青系の顔料を全体に塗る。一部は濃い青で刷毛目を残して表現的な荒い表情を作ってある。その上にマスキングした部分を残すように、上部に鉄条網を載せたフェンスを銀色でエアブラシで吹いて描いてある。しかし、淡青の上に銀なのでほとんど目立つ事は無い。今回は画面全体にやはりフィリッポリッピの聖家族の輪郭をマスキングでなぞった形を青で描いてある。青の上の青でしかも輪郭線をとぎれとぎれに使っているので観る側にとってはほとんど何が描かれているかは判読できない。更に銀色の絵具を水平にしたキャンバスに流し良い状況で乾燥させ聖家族像の上層としてある。最後に最上層に金色で正方形の網状に交差する線分が画面全体に引かれている。それらはきれいな線ではなく長い板の端に絵具を塗って押し付けた跡なのでブレている。大きな編み目を通して朧げな像が確認できるような構造である。キャンバスに、アクリル、油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(藍画廊・銀座)

Our family, Our nation 
/ 共同 / 2002年 8月

Our family, Our nation サイズ未計測、二階建ての馬小屋を丸ごと一棟。
この年に先の地区で行われた野外美術展に参加した際の作品。油彩平面ではなく映像も用いたインスタレーション作品である。馬小屋はかつて農耕馬の為に建てられたが、ここ数十年は使われずに来たものだ。1階にある、隣り合っているふたつの馬房それぞれの奥壁に洋金箔を直径1メートル20センチほどの円形に直接張り込んだ。正面からはふたつの馬房の奥に金色の円が輝いて見える。中仕切りの壁にそれぞれ裏表になるようキャンバスを掛けて、向かって左にOur family、右にOur nationと灰色で筆書きした。これらは馬房に入って初めて見る事が出来る。2階は天井が低くかつて蚕室や飼葉置き場として使われていたらしいが、にじり口のような小さな入り口から首だけを入れて左右を見るように、映像のための仮設壁を4メートル程の間隔を置いて対面して設置した。壁は1辺2メートル20センチほどだ。左の壁には、野外展開催初日である8月25日の新聞の1面を1945年から2001年までスライド撮影したものに、この地区の風景や自身の子どもなどの姿を混ぜ100枚ほどを連続して自動的に投影した。右の壁には10センチに満たない小さな装甲車(戦車)のおもちゃを糸で引き走らせ同じくらい低い角度からあらかじめ2時間程ビデオ撮影したものをエンドレスで投影した。1階2階両方の要素で一つの作品としてある。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「アートミーティングイン旅人」(福島県いわき市旅人地区)

UNTITLED ’03-1 
/ 単独 / 2003年 3月

UNTITLED ’03-1 2200h×3300w mm
今回も一回の個展に出した作品をそれぞれ違う様式に仕立ててある。この作品は米国とイラクの問題の渦中に制作したせいか少し戦乱の匂いがするものになってしまったかもしれない。ただ、それは今までの私の制作上の趣味と相容れるわけではない。一見そうだという程度である。この作品は横長の大画面に鮮やかなオレンジ色と一部紫の地を施し、何層かを成すようにいくつかの記号的要素が展開している。地色の上に画面を横断するようにフェンスが描かれ、中央に木戸が開いている。しかしはっきりそうとれないほど荒々しい絵具の滴りが画面を覆っている。右上にギリシャ風建築物が素描的に描かれ、その右下には遠くを指さす男の半身が描かれている。最上層に画面全体に散らばるよう、緑と銀で細長い竿の先に付いた旗が描かれている。キャンバスに油彩。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリーヴェルジェ・相模原)

UNTITLED ’03-2 
/ 単独 / 2003年 3月

UNTITLED ’03-2 2300h×1850w mm
今作は多分に実験的な作品である。一見描くのを放棄した未完成作品の様かもしれない。まず最下層に茶系でイスラエルで起きた自爆テロの現場の救出場面を荒く下書きのように描き、その上に白に銀を混ぜた絵具をローラーで水平に、ローラー幅の段がつくように幾条にも塗った。ちょうど失敗した絵を上から塗りつぶすようにだ。しかし、下ノエは完全には隠れず、かといって既に下に何が描かれているかはわからない状態である。その上の層はアーチ型の入り口を持つ石造の遺跡建築の図像を黒で素描的に画面左上に描いた。最後に最上層に黄、緑、赤、青の原色をエアーガン(圧搾空気を使って絵具を霧状に噴出する塗装装置)で画面縦横に帯状に吹きつけた。光の航跡、残像が画面に留まる感じだ。キャンバスに油彩。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(ギャラリーヴェルジェ・相模原)

DIMPLE ON BODY 
/ 共同 / 2003年 9月

DIMPLE ON BODY ビデオ作品33分
現代ダンスの舞台美術のために作ったビデオ映像を投影展示が出来るように編集した作品。絵画作品と制作概念は通底する。内容はタイトルが示すとおり人体に凹みを作り撮影したものだ。圧搾空気を細い吹き出し機から強力に吹き出し、それを全裸の男性と女性のモデルの皮膚に吹きつけた。それによって出来るちょうど卓球の球を押し当てたほどの凹みを吹き出し機を動かす事によって動かし、それをビデオで接写して追った。撮影後コンピューターで加工編集、男性から女性へわからないよう自然に変化させ、またゆっくり撮った元映像を更に3割まで速度を落とした。無音。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 HOT HEAD WORKS(横浜赤レンガ倉庫・横浜)

SHOOTING UP 
/ 共同 / 2003年 9月

SHOOTING UP ビデオ作品7分
上記の作品と対を成す作品。暗い室内に圧搾空気を利用して花を垂直に打ち上げる装置を作り設置した。固定したビデオカメラで何色ものガーベラの花を打ち上げそれを撮影した。撮影後コンピューターで加工編集。暗い中に花がゆっくり現れ唐突に上方に消えて行く。それを花の色や形を意識して編集し延々7分間繰り返した。その画像のタイミングとは別に20秒に1回チーンというお鈴の音が流れる。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 HOT HEAD WORKS(横浜赤レンガ倉庫・横浜)

UNTITLED’04-1 
/ 共同 / 2004年 4月

UNTITLED’04-1 1620h×1305w mm
最下層にカシュー塗料で描いたキリスト聖誕教会の神父が上方にあり、それを半ばかき消すように絵具が何層も掛け流してある。それらの上にアーチのある遺跡建造物が黒で素描的に描かれ、半乾きのうちに刷毛で水平にこすられず像がかすんでいる。両わき縁の近くに白黒の荒いタッチで左右の掌がそれぞれかかれている。最上層には上辺と下辺に沿って、マスキングで描かれた白い木柵の形が画面を横断している。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 NEWWORKS’04」(川越画廊・川越)

UNTITLED 
/ 共同 / 2004年 8月

UNTITLED インスタレーション作品。サイズ未計測。
この地区の野外を基本的な作品設置場所としたこの展覧会の主たる企画者である山本伸樹氏の所有する自然林の端を流れる清流の中に設置した野外型のインスタレーション作品である。まず、その幅6メートルほどの流れ中央の木橋から観覧出来る場所に、周囲の木立から径3ミリメートル程のワイヤーを差し渡し、上空50センチメートル程に白木の実際のイスを空中に浮かぶ様に吊るした。そのやや上流の岸辺に橋からは見えない様に揚水用水中ポンプを設置し流れの中央に差し掛かる立ち木の幹に沿わせ配管した。もちろん観者からは見えない裏側を通し、イスの上空6メートル程からその座面に向けて梢からの滝を落とした。突然空中から現れる毎分数百リットルの滝は常にワイヤーで宙吊りにされたイスを揺り動かし続けた。空中に浮かぶ人間不在のイスが叩き付けられる水流によって常に翻弄される様を、現代社会のなぞらえとした。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「アートミーティング旅人」(福島県いわき市旅人地区)

UNTITLED’05-2 
/ 共同 / 2004年 10月

UNTITLED’05-2 2500h×1850w mm
このグループ展に大作を2点出品したうちの1点である。全体の色彩的印象は暗緑色である。この色材は実は表面に塗られたものではなく、木枠比張る前の段階で綿布をアクリル塗料を溶し込んだ槽につけ込んで染める様にして得られたものだ。油絵の具はキャンバスの表層に取り付くが、色彩をどうにかその表層より奥に置きたかったが故の実験である。図像的には左上に淡い人がたを転写しその上からラフにずれた二重の白い額縁様の枠が描かれている。下半分はマスキングの細い線描でついたて状の形象が画面を横断し、最下部、画面からほとんどはみ出る様に壊れ、傾いた建造物が描かれている。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 『GYAKKO-逆光』4人展ギャラリーブロッケン・東京

UNTITLED’05-3 
/ 共同 / 2004年 10月

UNTITLED’05-3 2500h×1850w mm
2点目のこの作品も同サイズであり、展示に際しては並べて展示した。この作品は全体の5分の4ほどを乾性油により光沢をもたらされた赤、赤茶の色彩で覆われている。中央には消え入るように線描で建造物が転写され、右端には一見木製の間仕切りもしくは冊の一部の様なものが画面を縦に縦断する様に描かれている。中央上部には白い布を掛けられた古いテーブル様な図像があり象徴的である。
全体的には不安感のある図像設定になっているが、画面下部下から3分の1あたりに他とは隔絶する様に40センチほどの直径の白と黒の分厚い円形の絵の具層が回転する様な痕跡で置かれている。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 『GYAKKO-逆光』4人展ギャラリーブロッケン・東京

UNTITLED’06-1 
/ 共同 / 2006年 5月

UNTITLED’06-1 1700h×1400w mm
UNTITLED’06-2 1700h×1400w mm
この2作品は大画面のドローイング、素描である。常々紙の仕事と油彩による絵画の隔たりを強く意識して来た私だが、今回は逆にドローイングの概念を絵画に近づけられないかと模索した結果このような大きさのドローイングに行き着いた訳だ。もちろん素材は紙に鉛筆とグラファイト等のいわゆる粉末を固めた黒色の描画材を用いたが、一部グラファイト粉末をアクリル樹脂に溶いて筆刷毛を用い、また圧搾コンプレッサーでスプレーガンから吹き出す技法も特徴的に用いた。
図像は実際のズボンやTシャツを型にスプレーガンでかたどった上に身体的な痕跡性を持たせた鉛筆やグラファイトの荒々しいストロークが縦横に横溢している。色彩が無い分絵画先品より図像の意味性が薄まり、また絵の具の物質性にも頼る事が出来ず、その意味でも実験的な完成を見たと自覚している。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「WORKS ON PAPER」2人ドローイング展。ギャラリー砂翁&TOMOS・東京

UNTITLED’06-2 
/ 共同 / 2006年 5月

UNTITLED’06-1 1700h×1400w mm
UNTITLED’06-2 1700h×1400w mm
この2作品は大画面のドローイング、素描である。常々紙の仕事と油彩による絵画の隔たりを強く意識して来た私だが、今回は逆にドローイングの概念を絵画に近づけられないかと模索した結果このような大きさのドローイングに行き着いた訳だ。もちろん素材は紙に鉛筆とグラファイト等のいわゆる粉末を固めた黒色の描画材を用いたが、一部グラファイト粉末をアクリル樹脂に溶いて筆刷毛を用い、また圧搾コンプレッサーでスプレーガンから吹き出す技法も特徴的に用いた。
図像は実際のズボンやTシャツを型にスプレーガンでかたどった上に身体的な痕跡性を持たせた鉛筆やグラファイトの荒々しいストロークが縦横に横溢している。色彩が無い分絵画先品より図像の意味性が薄まり、また絵の具の物質性にも頼る事が出来ず、その意味でも実験的な完成を見たと自覚している。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 「WORKS ON PAPER」2人ドローイング展。ギャラリー砂翁&TOMOS・東京

UNTITLED’06-3 
/ 単独 / 2006年 9月

96.UNTITLED’06-3 2500h×1850w mm
この作品は非常に破綻的な構成を意図して描いた。絵画の総体と描く構成要素の関係を一定の安定率から解き放つべく模索したものだ。まず一番下の層にコンプレッサーからのスプレーで赤を実際のズボンとTシャツを型に非常に荒く吹いた。その上からもほとんどの絵の具層は荒々しくキャンバスに落とし込まれ不協和な状況を作り出している。最上層にはまず青の刷毛塗りの線が渦を巻く様に縦方向に暴れ、右上にステンシル(型抜き)の花が具象的に描かれている。中央には比較的小さく白い布を掛けたテーブルが象徴性を強く描かれている。これはティントレットの作品からの引用で私の作品には何度か登場している図像である。この作品の中の具体的な図像は花とテーブルだけなのだがそれらは私達自体の暗喩を成しているのかも知れないが、作者としては言及を避けたい。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(アートスペース紅・京都)

UNTITLED’06-4 
/ 単独 / 2006年 9月

97.UNTITLED’06-4 2500h×1850w mm
こちらの作品は同じ個展の同じ壁面に並べて展示したものだが、見た目の印象は大きく異なる。全体的に色彩に乏しく濃い灰色である。ただ、上記の作品と違うのは絵画を形成する各層が最上層から最下層へ逆行して行く様に組まれている点だ。観者はまず最上層のステンシルによって置かれた明るい赤の直系12cmほどの多数の円に目が止まるはずだ。と同時に金色の格子を見る。これは画面の85%を覆っているが線分は型押しで描かれているので存外に不安定な印象だ。更にその奥の層の左上に黄土色の椅子のスケッチ。その椅子には金銀の小さな円いスタンプが粉を吹く様にまとまりついている。そして最下層には画面全体に大きな筆致で中東の石造の遺跡がそのアーチを見せている。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 近藤昌美個展(アートスペース紅・京都)

【個展】

近藤昌美個展 
/ 単独 / 1984年 7月

初個展。貸し画廊を借りる。学部4年時。
壁・床それぞれ一点ずつの木を素材に用いたインスタレーション作品を展示。
出品作品:2点
UNTITLED’84-4 (再掲)
UNTITLED’84-5 (再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 かねこ・あーとG1・京橋

近藤昌美個展 
/ 単独 / 1985年 10月

前年に引き続き同じ画廊を賃借。壁面インスタレーションを展示。大学院1年時。
出品作品:3点
UNTITLED’85-3(再掲)
UNTITLED’85-4(再掲)
UNTITLED’85-5(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 かねこ・あーとG1・京橋

近藤昌美個展 
/ 単独 / 1986年 6月

画廊を変えて賃借。出品が1点なのは画廊空間全体を使ったインスタレーション作品のため。大学院2年時。
出品作品:UNTITLED’86-1(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ルナミ画廊・銀座

近藤昌美個展 
/ 単独 / 1987年 6月

前年に引き続き同じ画廊を賃借。出品が1点なのは画廊空間全体を使ったインスタレーション作品のため。研究生時。
出品作品:UNTITLED’87-1(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ルナミ画廊・銀座

近藤昌美個展 
/ 単独 / 1988年 11月

画廊を変えて賃借。前年までは修士課程修了後研究生で在学していたが、大学を離れ作品制作継続の気概に燃えていた時期。
出品作品:3点
UNTITLED‘88-4(再掲)
UNTITLED’88-5(再掲)
UNTITLED’88-6(再掲)その他小品。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 なびす画廊・銀座

近藤昌美個展 
/ 単独 / 1989年 9月

画廊を変えて賃借。
出品作品:3点
UNTITLED’89-2(再掲)
UNTITLED’89-3(再掲)
UNTITLED’89-4(再掲)その他小品。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 秋山画廊・日本橋

近藤昌美個展 
/ 単独 / 1990年 7月

画廊ディレクター香西氏(当時)より個展開催を依頼された画廊企画。
出品作品:4点
UNTITLED’90-3(再掲)
UNTITLED’90-4(再掲)
UNTITLED’90-5(再掲)
UNTITLED’90-6(再掲)その他小品。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ギャラリー古川・銀座

近藤昌美個展 
/ 単独 / 1991年 4月

画廊経営者並河氏(当時)が企画した連続個展「個と環境」展に参加依頼を受ける。上記のテーマで5人の作家がそれぞれ個展を開催した。
出品作品:2点
UNTITLED’91-2(再掲)
UNTITLED’91-3(再掲)その他小品。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ルナミ画廊・銀座

近藤昌美個展 
/ 単独 / 1991年 7月

画廊ディレクター香西氏(当時)より個展開催を依頼された画廊企画。
出品作品:6点
UNTITLED’91-4(再掲)
UNTITLED’91-5(再掲)
UNTITLED’91-6(再掲)
UNTITLED’91-7(再掲)
UNTITLED’91-8(再掲)
UNTITLED’91-9(再掲)その他小品。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ギャラリー古川・銀座

近藤昌美個展 
/ 単独 / 1993年 2月

画廊経営者石渡氏(当時)により企画された個展。
出品作品:3点
UNTITLED’93-1(再掲)
UNTITLED’93-2(再掲)
UNTITLED’93-3(再掲)その他小品。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ギャラリーgen・越谷

近藤昌美個展 
/ 単独 / 1994年 7月

画廊経営者秋山氏(当時)により企画された個展。
出品作品:7点
UNTITLED’93-4(再掲)
UNTITLED’94-4(再掲)
UNTITLED’94-5(再掲)
UNTITLED’94-6(再掲)
UNTITLED’94-7(再掲)
UNTITLED’94-8(再掲)
UNTITLED’94-9(再掲)その他小品。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 秋山画廊・日本橋

近藤昌美個展 
/ 単独 / 1994年 8月

画廊経営者並河氏(当時)により企画された個展。
出品作品:2点
UNTITLED’94-11(再掲)
UNTITLED’94-12(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ルナミ画廊・銀座

近藤昌美個展 
/ 単独 / 1995年 9月

画廊経営者小久保氏(当時)により企画された個展。郊外の田園の平屋を改装してある画廊で地理的状況に興味があり企画をお受けした。
出品作品:3点
D-19 ‘95-1(再掲)
UNTITLED’95-2(再掲)
UNTITLED’95-3(再掲)その他小品。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ギャラリーぐばく・日高、埼玉県

近藤昌美個展 
/ 単独 / 2000年 3月

画廊経営者青木氏により企画された個展。前年のグルー展出品作を見た青木氏から個展開催依頼。自費で画廊を借りることはしないと決めたため実に5年ぶりの個展であった。
出品作品:2点
FLOWER, HOUSE, CHAIR‘00-1(再掲)
UNTITLED’00-2(再掲)その他小品。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ギャラリー・イン・ザ・ブルー・宇都宮、栃木県

近藤昌美個展 
/ 単独 / 2001年 3月

前年に続き個展開催依頼を受ける。
出品作品:3点
UNTITLED’01-1(再掲)
UNTITLED’01-2(再掲)
UNTITLED’01-3(再掲)その他小品。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ギャラリー・イン・ザ・ブルー・宇都宮、栃木県

近藤昌美個展 
/ 単独 / 2002年 3月

画廊経営者倉品氏により開催依頼された個展。
出品作品:2点
UNTITLED’02-1(再掲)
UNTITLED’02-2(再掲)その他小品。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 藍画廊・銀座

近藤昌美個展 
/ 単独 / 2003年 3月

画廊ディレクター小野氏により企画された個展。
出品作品:2点
UNTITLED’03-1(再掲)
UNTITLED’03-2(再掲)その他小品。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ギャラリーヴェルジェ・相模原、神奈川県

近藤昌美個展 
/ 単独 / 2006年 9月

美術作家折元立身氏の推薦を受け画廊との半企画展。
出品作品:UNTITLED06-3(再掲)
UNTITLED06-4(再掲)
その他小品

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 アートスペース紅・京都

近藤昌美個展 
/ 単独 / 2013年 6月12日 ~ 2013年 7月7日

HIGURE 17-15 cas オーナーの小沢氏から要請を受け、個展を開催。鉄板を指示体に用いた絵画作品と、キャンバス油彩作品を展示した。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 HIGURE 17-15 cas

【団体展・グループ展】

東京芸術大学芸術祭における展示 
/ 共同 / 1983年 9月

休学しニューヨーク滞在後、帰国復学した後の大学祭における展示。
出品作品:UNTITLED’83-1(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 東京芸術大学アトリエ・上野

「TRIDANCE」3人展 
/ 共同 / 1983年 10月

同級生の2氏と自主企画した3人展における展示。大学展示室とはいえ内外に成果を問うたのは初めてでその後の活動に多いに影響した展覧会だった。
出品作品:UNTITLED’83-2(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 東京芸術大学展示室・上野

「フリーク」7人展 
/ 共同 / 1984年 3月

芸大、多摩美術大学学生有志で自主企画した7人によるグループ展。他校の学生と展覧会主旨や展覧会名などすり合わせを多くしなければならず、運営面で得るものが多かった。
出品作品:3点
UNTITLED’84-1(再掲)
UNTITLED’84-2(再掲)
UNTITLED’84-3(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 神奈川県立県民ギャラリー・横浜

福島野外展 
/ 共同 / 1984年 8月

初の野外展。30名ほどの作家が自然公園近くの河原等にキャンプをしながら10日程かけ制作した。肉体的にも鍛えられたが年齢差のある他の作家達との交流は大変貴重なものであった。
出品作品:UNTITLED’84-6(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 福島県福島市水林自然公園内

「遙かなる-五千歩・万歩-」 
/ 共同 / 1984年 10月

大学の友人2人と京都から東京まで中山道を徒歩旅行完歩した(20泊21日)記念展。最初から展覧会をする予定で大学展示室を予約してあった。実際歩いたのは9月1日からだが、当初途中途中で作った小品を小包みで送りそれを行程に沿って展示するつもりであったが、あまりの疲労で断念し、帰京後10日ほどで制作した。直接旅の描写があるわけではなく旅への憧憬を抽象、具象の間を揺れ動くような形態で表現した。
出品作品:UNTITLED’84-7(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 東京芸術大学展示室・上野

「フジヤマゲイシャ東京・京都両芸大交歓展」 
/ 共同 / 1984年 11月 ~ 1984年 12月

私が参加する3年次前から始まった有志による東京芸大と京都芸大の交流展。当時東京、関西双方が実際どのような活動をしているのか、その情報が伝わって来ず、それならばと直接有志同士の交流展を企画すべく始められた展覧会。団体展等既存の画壇の交流は当然あったわけだが、新しい美術を指向する若手はそれぞれの地域、大学の閉塞した環境で制作を模索していたのが当時の現状だ。その後の美術メディアでの関西現代美術界の紹介や相互交流の先鞭を付けたと自負出来る。
出品作品:UNTITLED’84-8(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 東京芸大展示室・上野ギャラリーK・赤坂ギャラリー成安/Rギャラリー・京都

東京芸術大学卒業制作展 
/ 共同 / 1985年 2月

卒業制作である。今から思えば稚拙な作品であったが、大学院の入試作品も兼ねていたので意欲を持って望んだ。
出品作品:UNTITLED’85-1(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 東京都美術館・上野

「UENO’85」 
/ 共同 / 1985年 7月

今展は、‘80,’82年と大学内で行われた同名の展覧会の3回目となるものであった。元々‘80(昭和55年)のUENO’80は学生有志主催で学内の現代美術を志向する者を専攻、学年、教員の区別なく横断的に募り行われたものであった。その3回目に参加したわけだが、前2回は1回目は入学年、2回目は休学しニューヨークに滞在していて参加は不可能であった。
出品作品:UNTITLED’85-2(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 東京芸術大学キャンパス・上野

「フジヤマゲイシャ東京・京都両芸大交歓展」 
/ 共同 / 1985年 10月 ~ 1985年 12月

この年は私が東京代表になった年である。今回もそうだが参加有志は個人の意思によるので格別参加勧誘はしなかったが、これまで現代美術に無縁と思われていた工芸科などにも交流を呼びかけた。今期最初の発表場所のモリス画廊では、プレ展と称して両校の参加学生全員の小品を本展紹介のために展示、大学展示室を用意できなかった京都では、初めて市内の現代美術系ギャラリーに進出した。
出品作品:UNTITLED’85-6(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 モリスギャラリー・銀座東京芸大展示室・上野ギャラリー16・京都

「第5回平行芸術展・ノスタルジアの歩行様式」 
/ 共同 / 1986年 6月

今展は評論家で、多摩美術大学芸術学科教授である峯村敏明氏が企画人選し、いけ花の小原流会館を会場に現在まで例年続く現代美術展である。この年は8人が選ばれ、例外的にだが大阪展も催された。
出品作品:UNTITLED’86-2(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 小原流会館・青山小原流研修会館・大阪

「クロッシング‘88パートIII」 
/ 共同 / 1988年 7月

かねこあーと画廊経営者の金子多朔氏が企画人選し、自身の画廊を会場にしたグループ展。
出品作品:2点
UNTITLED’88-1(再掲)
UNTITLED’88-2(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 かねこあーとGI・京橋

「造形的生態学-自然の中の彫刻展」 
/ 共同 / 1988年 8月

トキノリコ氏(当時ルナミ画廊ディレクター、現トキアートスペース主催)が人選した若手作家達による野外展。夏のスキー場を舞台に反原発コンサートと共催された展覧会。
出品作品:UNTITLED’88-3(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 富士見パノラマスキー場・長野

「駅舎-VISION」 
/ 共同 / 1988年 12月

トキノリコ氏(当時ルナミ画廊ディレクター、現トキアートスペース主催)が人選し企画に関わった多人数によるグループ展。当時活用されていなかったJR両国駅の駅舎の多くの部分に展開した前例の少ない展覧会。
出品作品:UNTITLED’88-7(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 JR両国駅駅舎・両国

ルナミセレクション・‘89 
/ 共同 / 1989年 7月

ルナミ画廊経営者並河恵美子氏人選のグループ展。
出品作品:UNTITLED’89-1(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ルナミ画廊・銀座

「フォー アーティスト イン エイプリル‘90」 
/ 共同 / 1990年 4月

秋山画廊経営者秋山多津子氏企画人選の4人展。
出品作品:2点
UNTITLED’90-1(再掲)
UNTITLED’90-2(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 秋山画廊・日本橋

「ART TODAY’90」 
/ 共同 / 1990年 9月 ~ 1990年 11月

高輪美術館(現セゾン現代美術館)企画の展覧会。学芸員それぞれが人選しこの年は4人が選ばれた。
出品作品:UNTITLED’90-7(再掲)
他、旧作数点。

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 高輪美術館-現セゾン現代美術館・軽井沢、長野

「WORKS」 
/ 共同 / 1991年 2月

ギャラリー古川ディレクターの香西範子氏企画人選のグループ展。
出品作品:UNTITLED’91-1(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ギャラリー古川・銀座

「偽善者の魂」 
/ 共同 / 1994年 2月

画家中村一美氏と私が企画し画廊が共催したグループ展。その後も形を変え現在まで続いている。
出品作品:3点
UNTITLED’94-1(再掲)
UNTITLED’94-2(再掲)
UNTITLED’94-3(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ギャラリーgen・越谷

「DEADANGEL-死せる天使」 
/ 共同 / 1996年 2月 ~ 1996年 7月

丹治嘉彦氏(新潟大学助教授)と私が企画し株式会社ゼクセル(自動車部品メーカー、当時)が共催した二人展。同社の予算的助成を受けた。
出品作品:4点
DEAD ANGEL’97-1(再掲)
FLOWERVASE—NO FLOWER’97-2(再掲)
UNTITLED’97-3(再掲)
HOME-BONE’97-4(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ゼクセルビル・渋谷

「レクイエム-榎倉康二と33人の作家」 
/ 共同 / 1996年 5月

前年急逝した恩師榎倉康二氏に薫陶を受けた33人の作家が恩師追悼の意味で集い美術館が共催した。3期に分けて展示した。
出品作品:3点
UNTITLED’96-2(再掲)
UNTITLED’96-3(再掲)
APPLES ON A DI SH’96-3(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 斉藤記念川口現代美術館・川口

「ミューズ新春美術展・向き合えば絵画は芽生え」 
/ 共同 / 1999年 1月

松永康氏(埼玉近代美術館学芸員、当時)が人選し所沢市民文化センターが主催したグループ展。単に氏が企画人選しただけでなく、参加者同士の話し合いも合宿を経て行われ単に依頼参加を上回る充実した展覧会であった。カタログ印刷費等所沢市の助成を受ける。
出品作品:3点
CAINES ‘98-1(再掲)
UNTITLED’98-2(再掲)
619601815 ’98-3(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 所沢市民文化センターミューズ・所沢

「アートミーティングイン旅人」 
/ 共同 / 2002年 8月

いわき市内に在住の数名の作家達によって企画された地域と世界を取り結ぶ意味も込められた野外展。45名ほどの作家が地元、首都圏から集う。5〜6名の海外からの作家も参加した。
出品作品:Our family, Our nation(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 福島県いわき市旅人地区

「HOT HEAD WORKS」 
/ 共同 / 2003年 9月

仙川ファクトリーというコンテンポラリーダンスの会を主宰する加藤みや子氏により企画された、ダンスと美術の共同展。
多くの実力のあるダンサーが参加し、非常に実験的な試みを展開した。私はそのうちの一つに美術として参加し、リハーサルの最初から参加し映像作品をダンスの背景美術として提供した。と同時にギャラリー展示では舞台美術の映像を膨らませた物と新作と2作品を投影展示した。
出品作品:2点
DIMPLE ON BODY-ビデオ作品33分(再掲)
SHOOTING UP-ビデオ作品 7分(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 横浜赤レンガ倉庫・横浜

「NEW WORKS」 
/ 共同 / 2004年 4月

画廊により企画された4人展。何度か場所を変えて発表した自主企画展を逆に画廊が開催したいと申し出た展覧会。
UNTITLED’04-1 1620h×1305w mm

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 川越画廊・川越

『アートミーティング旅人』 
/ 共同 / 2004年 8月

いわき市内に住む数名の作家達によって企画された地域と世界を取り結ぶ意味も込められた野外展。今回で3回目になる。
出品作品:UNTITLED’05-1-インスタレーション(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 福島県いわき市旅人地区

「GYAKKO-逆光」 
/ 共同 / 2004年 10月

4人の参加作家と画廊による共同企画展。出品者:石毛みどり、近藤昌美、中村一美、山本伸樹。
出品作品:UNTITLED04-1(再掲)
UNTITLED04-2(再掲)
その他小品

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ギャラリーブロッケン・武蔵野市

「WORKS ON PAPER」 
/ 共同 / 2006年 5月

本学非常勤講師、西島直紀先生と画廊による共同企画2人展。
出品作品:UNTITLED06-1(再掲)
UNTITLED06-2(再掲)

【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 ギャラリー砂翁&TOMAS・東京

ベルリン東京交流展 
/ 共同 / 2009年 7月25日 ~ 2009年 8月9日

アーティスト折元立身氏の呼びかけにより、ベルリン在住アーティストを日本に招聘し、日本人作家との交流展を開催した。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 HIGURE 17-15 cas (日暮里)

分岐点 ’09 
/ 共同 / 2009年 9月12日 ~ 2009年 9月17日

フリーキュレーター松永康氏の企画で、埼玉県東北部在住現代美術作家の作品を、その地元で作品展示をするという企画に参加。制作するだけの今日中地域ではなく、発表の場としても再確認すべく企画された。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 埼玉県久喜市栗橋本町「しずか館」

To Be Tokyo+Berlin COMMUNICATION ART 
/ 共同 / 2010年 8月7日 ~ 2010年 8月29日

昨年の東京展に引き続き、都内在住の日本人作家がベルリンに渡航し、現地参加作家とともに市内中心部の非営利美術館を会場に30人ほどの展覧会を開催した。私は日本側事務局として働き、野村財団、ポーラ美術振興財団からの助成金を獲得した。また、ベルリン側事務局は日本の国際交流基金から助成を獲得した。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 FREE MUSEUM BERLIN

分岐点 ’10 
/ 共同 / 2010年 9月11日 ~ 2010年 9月17日

昨年に引き続き、フリーキュレーター松永康氏の企画で、埼玉県東北部在住現代美術作家の作品を、その地元で作品展示をするという企画に参加。制作するだけの今日中地域ではなく、発表の場としても再確認すべく企画された。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 埼玉県久喜市栗橋本町「しずか館」

はじまりはアートの旅 アートかれん10周年 展 
/ 共同 / 2012年 11月27日 ~ 2012年 12月8日

社会福祉法人かれん(横浜市港北区大倉山)の企画でのチャリティー展に参加。画家と通所作業者の作品が混在併設されての展覧会。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 生活介護事業所アート・メープルかれん(横浜市港北区大倉山)

アートミーティング2014田人の森に遊ぶ 野外展参加 
/ 共同 / 2014年 8月2日 ~ 2014年 8月24日

展覧会発起人であり企画運営責任者の山本伸樹氏よりの参加依頼で福島県いわき市の山中での野外展に参加した。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 福島県いわき市田人地区

【連載・エッセイ・コラム等】

マチエールの巧み 
/ 共同 / 1998年 6月

左題で同誌より文章依頼を受け掲載。実際の絵画制作上、その主題をどう作品として成立させて行くかという過程において絵の具の物質感、素材性はどう関わってくるかということを中心に記述。17頁〜18頁に掲載。
【発行所,発表雑誌/学会等の名称】
 アクリラート・Vol.34(ホルベイン工業)




Gallery

  • [Amountain&a river]2010. 2273×1818mm acrylic on canvas
  • [The water drips down from a jag]2010. 2273×1818mm acrylic on canvas
  • [A tree and a dog]2007. 1940×1620mm oil on canvas
  • [UNTITLED]2005. 2500×1850mm oil and acrylic on canvas
  • [UNTITLED]2001. 2000×1450mm oil on canvas
  • [UNTITLED]2002. 2800×2400mm oil on canvas
  • [UNTITLED]2005. 2350×1850mm oil and acrylic on canvas
  • [Tree houses]2008. 845×595mm mixed media on inc jet printed paper
  • [A stair way]2008. 845×595mm mixed media on inc jet printed paper