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留学生レポート(仲本拡史)

仲本拡史

領 域 : 映画(留学先ではファインアートを専攻)
留学先 : イギリス 英国西地区大学
期 間 : 2010年2月4日~6月24日
担当教授 : Wayne Lloyd  Peter liversidge
研究テーマ : 「不在と都市」


研究概要

「不在」をテーマに、作品制作を行った。

2010年2月~4月

まず、作品にとって最適なロケーションを探すために、自転車を購入し、滞在場所であるブリストルを、街の中心から郊外に至るまで、くまなく周り、デジタルカメラとフィルムカメラを使って撮影をしていった。

学期が始まってすぐの学内グループ展示では、それまで撮影した写真と、散策に使用した地図を用いて展示を行った。壁に貼った地図に、自分の訪れた事のあるエリアを避けて貼付けた名刺大のサイズの写真群によって、自分の中で形作られつつある不在の街を表現した。

2010年4月~6月

それまで広く撮影を行っていた撮影場所を都市部に限定し、ビデオカメラによる撮影を行った。誰もいない景色を撮るために、毎朝4時半から7時半にかけてを中心に撮影を続けていった。

二度目のグループ展では、ダブルスクリーンによる映像を展示。二つの映像は部屋の角で隣り合わせになり、それぞれの画面が関係を持ちながら展開していく構造にした。全ての映像は三脚を用いて固定で撮影されたものを使用している。映像はループ。

ブリストルを去る前に、民家の壁にスクリーンを設営し、夜の9時から12時にかけて、展示を行った。単スクリーンによる映写で、一時間の映像をループさせている。


研究成果

一回目の学内展示の様子

nakamoto01

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二回目の学内展示の様子

nakamoto03

nakamoto04

屋外展示の様子

nakamoto05

シネマでの作品上映も行った。

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“Seagull”制作意図 全文

イギリスのブリストル市にて撮影。
テーマを「不在」に絞り込み、誰もいない都市の姿を撮影し続けた。
「映画には時折、不在がうつる。」と言ったのは黒沢清だ。何も無い空間に、何気なく置かれた椅子が、人の存在を喚起することがあるという。それは映画のあるシーンに置かれたある物体が、それまでの文脈において不自然に設置されている時、観客はそこに違和感を覚え、そこに何かがある、と予想する。その時、観客は自らの頭の中に、何らかのイメージを創出することがある、ということではないだろうか。
こうした現象は、日常の世界でも起こる。あるホテルのベッドのシーツについたしわで、そこに誰かがいたであろう、と感じる。あるいは、駅のホームの床についた血痕が、そこで起こった何らかの事件を想起させる。ある場所に付着したディテールが、そこで過去あった物や事を、見る人にイメージさせるのだ。誰もいない都市、それは、人間が場所に付着させた巨大な痕跡である。その痕跡は、そこからいなくなった人間をイメージさせる。それはあなたの友人であるかもしれないし、両親や、恋人であるかもしれない。
私の撮った映像には、人はいっさい写っていない。写っているのは、ビルディング、マーケット、広場、公園といった、人のためにつくられた場所、施設である。都市にある施設は、人を写さない事で、それぞれの特徴をより明確にする。それらの場所は、そこに人がいなければ、多くの意味を失ってしまう。ビルディングは鳥の巣になり、マーケットはネズミの住処になるだろう。人が場所に、意味を付与する。都市が都市たるゆえんは、全てが人のためだ。人のいない都市はもはや、都市ではない。人がいなくなった時、都市はその生命を失う。
人のいない街は、死んだ街だ。「不在」を見ることは、死を見ることに似ている。いなくなった何かが、今ある私という存在を、強く意識させる。誰もいない街で感じる孤独はやがて、人への渇望と変わるだろう。飢えや欲望は、生命の源であり、イメージの源泉である。
誰もいない街、そこではまるで、時間が止まってしまったかのように見える。だがその実、木々は花を咲かせ、雲は流れ、日は沈む。誰もいない「街」にも、時間は流れるのだ。ハトは小さな虫を食べ、ウミネコは、ハトの屍肉を啄む。それは、人のいる街とは、また違った時間だ。
都市は、見るのではなく、見つめることで、新たな様相を見せる。たとえそれがいつもの見慣れた場所であっても、人がいない、ただそれだけのことで、そこを初めて訪れた場所であるように感じる。不在の都市とは、新たな場所との出会いであり、自らの創り上げる、イメージとの出会いである。


留学先指導教員による指導内容

一週か二週に一度くらいのペース、不定期で担当教員との面接があった。指導は主に、その時のもの。面接の機会は少ないが、その分、自分の作品に集中することができた。生徒はいくつかのグループに分けられ、それぞれに違う担当教員がつき、基本的には1学期中、担当教員に変更は無い。
他に、担当教員と生徒数名で作品を説明する機会と、半年で二度、学内展示と講評があった。最終の講評と展示は、東京造形大学の生徒は大学のシステムが違うとの理由で、参加できない。
最初の担当教員(Wayne Lloyd)との面接では、自分の作品のテーマを教員に説明した後、学内にあるパソコンを使って、幾人かのアーティストの作品をYouTubeで見た。テーマは「不在」で、映像を使ったランドスケープの撮影という所まで決まっていたため、それに関連するアーティストとして、Douglas Gordon、Francis Alys、Chris Burden等の作品を紹介して頂いた。どの作品も、自分にとって大変参考になるものだった。
その後数回の面接では、作品をどのように展示するか、ということを中心に話し合いを持った。二回の学内展示においても、個別の作品の講評というよりは、グループで作品を展示する場合、どのように展示するのが最適か、ということを中心に話し合いがもたれた。
担当教員の都合で、途中の数回、担当教員がWayne Lloydから、Peter liversidgeに変わったが、話し合う内容にそれほど変わりはなかった。もちろん、自分の方から質問があれば、聞いてもらえる。担当教員は基本的に現役のアーティストなので、教員が何をやっているかについて聞くことは、とても勉強になったし、楽しかった。その際、イギリスの景色を撮影する写真家、Richard Billingham、Bill Brant、Walker Evansなどの作品を紹介して貰った。
途中に一度、教員交換という機会が与えられ、他の教員と自分の作品について話し合うことができた。その時に話をしたのはSophiaという教員で、作品について話し合った後、ブリストルで展示をする方法について質問した。
最後の個人面接では、作品のテーマについて、かなり深いところまで話し合った。それまでテーマについてはそれほど踏み込んだ話はなかったので驚いたが、どの質問も的確で、役に立つものだった。西洋美術においては、合理的な批評力というものがとても大事にされていると感じた。話が込み入っていたのもあって、英語を理解するのが困難だったが、最終的にはパソコンの翻訳機を使っての会話をして頂いたので、ある程度正確に理解できたと思う。


留学中に、特に印象に残った点および反省点

東京造形大学では、映画専攻で作品を制作していたため、イングランド西地区大学でも、映画専攻に近い、メディアプラクティスという、映像などのメディアを実践的に扱う専攻に通うものだと思って、当初、そちらの専攻に通っていたのだが、後から、ファインアートの専攻にエントリーされていることがわかった。
東京造形大学でファインアートといえば、絵画と彫刻のことだと思っていたのだが、イギリスでファインアートといえば、主に現代美術のことを指すらしく、他の生徒の作品も、キャンバスに絵を描いている学生はとても少なかった。ファインアートについての理解が浅かったため、ファインアートにエントリーされていたことについて混乱があったが、メディアプラクティスで映像を制作するのと、ファインアートで映像を制作するので何が違うかと言えば、集団で制作するか、個人で制作するか、という点に主な違いがあり、メディアプラクティスではあくまで集団で作品を制作しなければならず、自分のやりたいことが既に決まっていた私は、ファインアートの専攻で制作することになった。
そういった経緯のため、ファインアートの作品制作についてほとんど知らずに大学に通い始めたので、初めての土地での生活、という意味だけではなく、見るもの全てが新しく、大変刺激的な生活を送る事が出来た。ただ、学期が始まってからしばらくの間、メディアプラクティスの専攻に通っていたため、ファインアートの導入指導を受けることが出来ず、先生方にも迷惑をかけてしまった。留学の前段階で、そうしたシステムの違いを理解できていたら、もう少し混乱も少なくて済んだように思う。
もうひとつ、システムの違いについてなのだが、ファインアートの最終講評、展示に参加できないのは、とても残念だった。これは、日本からの留学生は、基本的にイギリスで単位を取得できないようになっているためらしい。確かに、私を含め、日本からの留学生は、言葉の壁が大きく、イギリスの生徒のように思うように単位を取得することはできないかもしれないが、そのことで、せっかく作った作品をイギリスの生徒に見てもらえないのは、残念でならない。途中からは自ら作品を展示できる場所を探すことになり、それはそれで良い経験になったのだが、イギリスの他の生徒と同じ場所で展示する、ということと、単独で展示をするということでは大きく意味が違うと思う。私は最終的に、民家の壁で展示をすることになったのだが、もっと公式な場所やギャラリーでやる場合は、かなり早くから予約を入れなければならず、半年という短い間では、展示場所を見つけるのも困難だ。どうにかして最終の展示に参加できるようになれば、今後、留学する生徒のためにもなるだろうと思う。
今回、半年という期間の交換留学で、学期の始めから参加できたので、他の国からの交換留学生と共に、留学生用の導入指導を受けることができた。留学生の国籍は、イタリア、スペイン、フランス、スイス、ドイツ、オランダ、などヨーロッパ諸国から、アジアでは香港、マレーシアなどの国々である。ヨーロッパからの留学生も、英語のレベルはそれほど高くなく、平易な言葉でしゃべるので、コミュニケーションがとりやすいというのもあって、この時に出会った留学生とは、留学の終わりまで親しく付き合うことができた。
この留学における、最大の反省点は、英語をもっと勉強してから留学するべきだったということ。それほど芳しい英語力が無くても、英語でコミュニケーションをとることはできるし、友人もできると思う。しかし、もっと英語ができれば、より多くのことを得られたのではないだろうか。大学の図書館には日本では読めないような、英語の美術書も多くあるので、もっとたくさんの本を読みたかった。
制作の面だけではなく、特に生活の面で得た事は、ここに書ききれないことも多い。海外での生活は、自分が日本から来ている、ということを強く意識するものだった。他の国で生きて来た人は、様々な面で、いかに違った意識を持っているかということを学ぶ事が出来た。少しの間でも、そこで生活することと、旅行へ行くことでは大きな違いがある。得るものがとても多い日々だった。
留学の機会を得ることができたことに、感謝しています。