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文章嫌いの日記 小泉奏子

 

 


授業内で日記という議題が出たとき、非常にドキっとした。私は日記を書いた事が無いようなものだから。

「私は日記を書いた事が無い」とはっきり言い切ることが出来れば、それはいっそ潔くて何となくカッコいいと思えるけれど、所詮「のようなもの」なので、つまり私は日記というものが一週間以上続いた事が無いだけの、ただのまめじゃない人間である。

子供の時はとにかく、文章を書くのが兎に角嫌いだった。
「せんせいあのね」も続いた試しが無いし、読書感想文はその本の世界一短いあらすじを書くだけだったし、作文も二枚以上書かないといけないのが苦痛で仕方なかった。小学三年生のとき、環境破壊、森林伐採を授業で習ってからは「エコのため」という名目で、出来るだけ授業のノートも取らなかったし鉛筆も使わなかった。

小学校六年間、私は漢字書き取りドリルの、「習った漢字を使って例文を作りなさい。」という項目に毎日苦しめられてきた。
どんなに自信のある例文を作っても、私が貰えるスタンプは「よくできました」。私の友達はみんな「たいへんよくできました」のスタンプを貰っていた。何でなのか先生に尋ねたら「他の子はもっと長い例文を書いているから。」という理由だった。
私を苦しめるのはいつも字数だった。

中学生のとき、日直日誌を書くのが嫌すぎて、友達に購買のフライドポテト(250円)と引き換えに書いてもらい、ソレがバレて日誌の書き直しと反省文まで書く羽目になった。
「私は駄目だ。」「私は馬鹿だ。」「先生と友達に迷惑をかけた。」とただ、本当か嘘か分からない自己否定の言葉で埋め尽くされた反省文を書いているうちに、何故か私は急に楽しくなって、私はそれまでの人生で一番長い文章を書いた。原稿用紙六枚。最高記録だった。
読み直してみるとそれは見るに耐えない程お粗末な言葉のくず箱だったが、書き直す根性など毛頭なかったので、その反省文を「とっても反省しています」という顔を作って先生に手渡した。

後日。先生が「お前の反省文、ちょっと感動した。」と言った。
今思えば余りに酷い自己否定まみれの文に、心配してそんなことを言ってくれたのかも知れない。
けれど私はその時、「ふーん、やっぱり字数か。」と思った。可愛くない中学生だったかも知れないが、中学生の大半は可愛くないはずだ。

それからますます私は文章を書くという作業とは疎遠になっていった。
しかしある日、美大受験の為の予備校の面談で「日記書いてみたら?」と言われた。いろいろと必死だった私は、「まあそれで美大に受かるなら」という安直な考えで日記を書いてみる事にした。
最初は講評ノートの左側のページからだった。何を書いて良いか分からず、今日起こった事をそのまま文章にするのも何だか格好悪く思えたので、取り敢えずルーズソックス 対 黒のハイソックスの一人ディベートを紙面に書き殴った。その次は脳みその迷路の落書き。意味の分からない恥ずかしい詩のような散文。講師の似顔絵。それらを兎に角毎日書いて書いて書きまくった。


コレが私の日記です。そう言って予備校の先生に提出した時の苦笑いは覚えている。
こんな講評ノート兼クロッキー帳兼日記帳でも、一冊埋まると何とも言えない達成感が生まれた。
形式こそこうも乱雑で破綻してはいるが、私でも文章は書けるのだ。もう大人だし。
そう思い込んで調子に乗った結果、私はブログを始めた。そして三日で止めた。比喩ではなく本当に三日で止めた。
ツイッターも始めた。コレが続かなかったら私はmixiやらフェイスブックやらには一生手を出せないとプレッシャーをかけた結果、彼是一年半程呟いていない。

やはり私は日記が書けない。

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