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留学生レポート

双木 洋介

領 域 : 環境造形専攻 都市環境 4年
派遣元 : ウィーン ウィーン芸術アカデミー
期 間 : 2004.10.03 ~ 2004.11.01

ウィーンにおける都市空間の空間的・時間的<経験>について

研究概要:

まず最初に断っておきたいことは、研究計画として当初の予定ではウィーンの都市空間の様々なシークエンスについて研究したいということであったのですが、他のいくつかの東欧の都市を回り、実際にウィーンの街を見て、なにかもっと大きい都市・文化・社会の仕組みのようなものがあるのではないか?という思いにかられ、研究のテーマをシークエンスも含んだ都市における空間的・時間的<経験>という、より大きくて包括的なものに変更しました。

断片的・イヴェント的シークエンス=<経験空間>

その上で、このウィーンという都市における<経験空間>について研究を行うには、まずはこの街に無数にある名建築やカミロ・ジッテのいうようなウィーンに特徴的な広場といった都市空間をひたすら見て歩き、またその中で有名な絵画や彫刻、面白い現代アートなどといったものも鑑賞していきました。さらには地元のなんでもないスーパーに入ったりブランドショップをのぞいたりカフェでゆっくりとした時間を味わったりもしました。
こういったことを経験した中で徐々にウィーンの特徴について分かってきたことは、上に挙げたこれだけ多様な出来事がリンクという直径1~2キロ程度の小さな環状道路(昔の城壁跡)の内部と道沿いにほとんど全て集中しているということ(空間的)、それも、かつての絶対的なハプスブルク家の支配の解体された現代のウィーンではそれらの出来事がヒエラルキーなしに全てがフラットな状態で断片的に展開するということ(時間的)、の二つについてです。
つまり、クンストハレで現代アートを見る・美術史美術館で歴史的な絵画を見る・カフェでコーヒーを飲む・路上パフォーマンスを見る・ブランドショップをのぞく・といったように様々な出来事が脈絡も文化的ヒエラルキーもなしに等価に<経験>として展開していく都市空間であり、それはある程度狭い地域で一度高密度にあらゆる都市機能が集中され、その後に解体されフラットに並んでいることこそウィーンの特徴であると思います。
(さらにいえば東京では、渋谷のようにショッピングならショッピングだけ、上野のようにアートならアートだけ、というように全てがゴチャ混ぜに並立している空間は存在しない)そしてこの不思議な、東京とは違う種類の心地よい混乱(ハンス・ホラインのハースハウスを思わせる、断片・イヴェントの連続)はウィーンの街のシークエンスを劇的で魅力的なものにしています。

以上のことから、スタジオのチューターと数度コミュニケーションをとった上で、このウィーンの都市空間を端的に表すダイアグラムを作成し、ウィーンの都市空間の特徴を内包した新たな建築のプログラムとして、教授に対してプレゼンテーションを行ってきました。 また、帰国後ゼミにてウィーンでの経験を元に<建築・都市とアートについてのダイアグラム>を作成したので合わせて研究成果として提出します。

研究成果:

1.ウィーンにおける都市空間の空間的・時間的<経験>についてのダイアグラム

写真1
ウィーンにおいて人々がどのような<経験>をしているのか、実際の地図を切り貼りしてバー状に並べてみる。
このように並べたとき、一つ目の図は都市空間における、または社会における<権力>や<ヒエラルキー>が現れてくる。王宮が最も大きくかつての権力の象徴として都市の中に存在するのに対して、カフェやレストラン、ショップといったものは都市の中ではごく小さな部分でしかない。

一つ目の図に対して二つ目の図は、人々がその空間で過ごした<時間>によって、相対的に実際のスケールを伸び縮みさせたものである。
すなわちこちらでは、王宮の博物館とカフェ、レストランでの過ごした時間が同じであるため、これら各オブジェクトの幅も同等のものとして存在する。こちらの経験時間によるダイアグラムが表しているように、現代社会に生きる人々はあらゆる事象を等価のものとして<経験>し、彼らのその街に対するイメージ(心象風景としての実際に”認識”している都市)とは、ほぼこちらの図のような割合になるであろう。
写真1

提案

以上のダイアグラムから端的に見えてきたことは、ウィーンの街には様々な<アート・建築・都市空間・人々の生活>といったものが、フラットに混在する極めてエキサイティングな都市空間が展開しているといえよう。
そしてこれは都市型建築のプランを提案する上で非常に有効な方法を示唆している。すなわち、空間をただ必要な機能ごとに分けてゾーニングをしていくのではなく、それらを一度シャッフルしてやり、シークエンスとしていかに劇的に様々な要素の空間が展開するかによって空間を配置していくような方法もありうるのではないか。
例えば美術館として、絵画のすぐ横の空間にカフェ・スペースがありその絵画の余韻に浸りながらコーヒーを飲み、そのまた横では関連した資料や商品を集めたショップ空間や、逆に全く関係ないパフォーマンスが行われていたりする。またそれらは従来の美術館併設のカフェやミュージアム・ショップのようにまとまってあるのではなく、もっと小刻みにどんどん展開していくようなものであろう。
それらが総体として何か新しい関係性を生み、来館者に刺激を与え続けることによって美術館はただ鑑賞するだけの空間から思索・創造のための空間に生まれ変わる。

2.建築・都市とアートについてのダイアグラム

留学先指導教員による指導内容

ウィーン芸術アカデミーにおいて私は、建築コースのムサヴィ教授のスタジオに4週間滞在しました。このスタジオでは、年間を通して一つのプロジェクトを行っていて、普段は週に3回アシスタントのチューターがエスキスチェックを行い、ムサヴィ教授は2週間に一度2日間やってきてその2日間でスタジオの2~4年生全員が各々のプロジェクトについてプレゼンテーションをします。
このような授業形態なので何度かスタジオミーティングにも参加しましたが、周りと同じ課題をやっても4週間では全く意味がないので、基本的には街にあるたくさんの名建築や都市空間を見て回り、自分の研究テーマについてチューターと定期的にコンタクトを取って深めていく、という方法をとりました。そして最終的には私の研究に興味をもってもらい、滞在4週目にムサヴィ教授へのプレゼンテーションを行いました。
このときの講評でムサヴィ教授からとても面白いといってもらい、その理由として、ロンドンのテートモダンなどを例に出してその<美術館としての空間>と<アート>と<ショッピングという行為>についての示唆的な話を聞くことができ、とても参考になりました。また、世界的に有名な建築家であるムサヴィ教授に対して英語でプレゼンテーションをし、コメントをいただけたという経験は自分にとってとても大きな自信になりました。

留学中に、特に印象に残った点および反省点

特に印象に残った点は、まずその学ぶ環境についてです。
このアカデミーは朝9時から夜は深夜の2時まで開いていて、学生が作品を作りたい時間にいつでもアトリエが使えるような環境が整っていたのが印象的でした。また、ウィーン市内に建築系の大学機関が少ないのも関係しているとは思いますが、ウィーン芸術アカデミー、ウィーン工科大学、ウィーン応用美術大学の3つの大学の建築の学生同士で頻繁にパーティーを開き、お互いに情報交換や交流をしていることもとても印象的でした。

最後に、この留学中にもっとも印象に残ったことは、友達になったアカデミーの学生にウィーンの街についてどう思うか聞いてみたときに<boring(退屈)>だと言っていたことです。このことについて、確かにウィーンの街はそのほとんどが保存の対象になっているような街で、基本的には今までもこれからも大きく変わることはありえない街であり、東京のような常に景観が変化していくことが当たり前のような街と比べれば、そこに住んでいる人たちにとっては確かに退屈なものかもしれません。
しかしながら、常に変化を続けているからといって街自体がよくなっているとは限らないし、その都市の姿は逆に決定的な美しさを生み出していないともいえるのではないでしょうか。また、では日本人は自分たちの文化や東京という都市に対して(そのスケールは違うにしても)<退屈>だといえるほど、たくさんの知識を持っているのでしょうか。(ちなみにこのboringだといった学生は建築の学生ではなく、であるのにホラインやワーグナーの建築を私に案内することができました。)それはつまり建築やアートを含めた<文化>と人々との距離の違いではなかろうかと思いました。
これらのようなことを建築・都市をデザインすることによって創りだしていければと思います。




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